小説

十二月八日:ケーキを選ぶ日の話

 「クリスマスケーキだ」わたしがそう、クリスマスケーキの広告が表示されたスマートフォンを倫太郎に見せると倫太郎は画面を覗き込んだのちに「遅くない?」と言った。たしかに、クリスマスケーキの予約は一か月以上前から始まっているし、その広告だって何度か見たはずなのに、倫太郎との話題に出したのは初めてだった。今まで見ていたときはケーキを予約することなど少しも考えていなかったのであるが、いよいよ街中がクリスマス一色になってきて仕舞えば、クリスマスケーキのことが頭に浮かぶようになってしまう。生クリームに赤いイチゴの乗ったケーキや、チョコレートケーキが並んでいるのを眺めていると、倫太郎が「クリスマスケーキ、ウチは予約するの?」と問うてきた。

「ケーキ買ってもいいなら買いたい」
「買っても良いよ」
「やった。買う」

そうわたしが言えば、倫太郎はスマートフォンに表示されたケーキ一覧を眺めたのちに「そういえばさ」と思い出したように口を開いた。

「ケーキ買うならあそこのケーキ屋さんの方がよくない?」
「どこ?」
「ほら、いつもケーキ買ってる店があるじゃん」
「ああ〜、駅前のところ」

倫太郎が言うケーキのお店は、わたしたちの家の最寄り駅から数駅上ったところにある大きな駅の中にある、フルーツケーキが有名なケーキ屋さんのことだった。わたしが自分のご褒美としてケーキを買うときは、だいたいそのお店で奮発してケーキを買うのが常であった。ケーキの上にたっぷり乗った季節のフルーツの甘酸っぱさと生クリームの甘さが絶妙で、口に入れるたびに幸せな気持ちになるのでかなり気に入っていた。「あそこのケーキ屋さんちょっと高いけどいいの?ホールで買うといい値段するよ」そう、わたしが倫太郎に問えば、倫太郎は「いいよ」と言った。

「ケチってまずいケーキ食べるくらいだったら美味しいって分かってる方がいいし、こう言う時じゃないとホールケーキ食べないじゃん」
「……誕生日もホールで買わなかったもんね」
「でしょ」
「うん」
「そのお店のケーキ見てみようよ」

そもそもまだ予約やってるかな、と倫太郎が言う。クリスマスケーキを選ぶことに少しだけ乗り気な倫太郎が面白くて、つい笑ってしまった。倫太郎はわたしの顔を見て「そんなにケーキ楽しみなの?」と見当違いのことを言っていたけれども、もうそれでもいいと思ってしまった。自分のことよりも、クリスマスケーキの方がわたしにとっては大切だったし、なによりも倫太郎が上機嫌であるならそれはそれでよかった。わたしは倫太郎に言われるがまま、ケーキ屋さんのホームページを開いた。ケーキの予約は今日までの告知とともに、予約できるクリスマスケーキの一覧が掲載されている。今年はベリーの特集をやっているのか、いちごやラズベリー、ブルーベリーの乗ったケーキが写真とともに飾られている。倫太郎は上から下までケーキの一覧を眺めた後に、「好きなのあった?」とわたしに問うた。

「わたしはなんでも好きだよ」
「それならここで予約でいいよね」
「うん!」

ここのケーキ屋だったらなんでも美味しいはずだからどれ買ってもいいと思う、とわたしが倫太郎に言うと、倫太郎は「じゃあここで決まりね」と言った。

「いいの?」
「うん」
「やった」

わたしはケーキの一覧を上から下まで眺めた後に、「倫太郎はどれが好き?」と倫太郎に問えば、倫太郎は「好きなの選んでいいよ」とわたしに言った。倫太郎はあまり食べ物について頓着しているところを見たことがないので、彼の好みはいまだによくわかっていない。たくさん食べている時は多分、彼の好きなものなのだろうと思うくらいで、それ以外の時は好きでも嫌いでもないのかもしれない。倫太郎の口から食べられないと言う言葉が出たところは今のところ、聞いたことがないので、好き嫌いはあんまりしないのだろうと思う。だからケーキも、何を選んでも倫太郎は食べられるのだろうと思う。

「食べられないのある?」
「ないよ」
「ならなんでもいいね」
「うん」
「わたしもなんでも食べられるから悩むよ」

そうわたしが言えば、倫太郎は「いつも迷ってるよね」と言った。彼が言う通り、わたしは服に食べ物に傘の柄ひとつに対していつでも迷ってばっかりだ。倫太郎みたいに悩まずにすぐに決められれば良いのにと思うこともあるけれども、なかなかうまくいかない。「今年のクリスマスケーキは来年無いかもしれないからって思ったらどうしよう……って思うよ」そう、わたしが言えば倫太郎は「気持ちはわからなくもない」と言った(それでも倫太郎に選んでくれと言えばすぐにこれと言って答えが返ってくるのだろうと思う)。今年のクリスマスケーキは今年のうちにしか買うことが出来ない。オーソドックスなものであれば来年もラインナップの中にあるかもしれないが、変わり種の味のものは無い可能性の方が高い。「じゃあこれにしようかな、どう?」わたしは、今年特集されているベリーのたくさん載ったケーキを倫太郎に見せた。倫太郎は普段とそう変わらない表情のまま、「それ、俺も良いなって思った」と言った(本当にそう思っているのかが疑わしく思うこともあるが、倫太郎は自分を押し殺したりはしないので多分本音なのだろう)。

「じゃあ、これにする」
「うん」
「やったー、クリスマスが楽しみ」
「おいしいといいね」
「おいしいから大丈夫だよ」
2020-12-08