小説

十二月七日:ねぼうした朝の話

「……明るい」
「起きたの?おはよう」
「……」

寝ぼけてる?と言う倫太郎の声が、ぼんやりとした頭によく響いた。「……」わたしの身体を包む布団のあたたかさに、未だ閉じようとする目を擦った。「目、あんまり擦ったらだめだよ」倫太郎はそうわたしに言うのであるが、そう言われてもつい、擦ってしまう。「……今何時」布団の中は暖かい。この冷えた部屋の中で暖かいのはここだけなのかもしれないとさえ思う。この暖かい布団の中から出たくなくて、毛布の中に頭まで潜って小さくなっていると倫太郎から「十二時だよ」と言う返事がかえってきた。

「……寝すぎたかもしれない」
「そうだね」
「せっかくの休みが」
「うん」

有給休暇を切って、仕事のある日の昼ごろまでたっぷり眠っていると、なんだか少しだけいけないことをしているような気持ちになってしまう。例えば、寝る前にちょっと甘いものを摘んでしまった時とか、まだ今よりもずっと子どもだったときにやった、夜更かしをした日のような、なんだかずるいことをしているときのような気持ちになってしまう。しかしながら、貴重な休みの日を寝て過ごしてしまったことを少しだけ、損しているような気持ちにもなるのでどこかしら複雑な気持ちになってしまった。目覚まし時計もかけずにたっぷりと眠ってしまった後でそう思ってしまってももう、手遅れなのであるが、なんだかもったいないことをしてしまったような気持ちになりながらも、未だ布団の中から出ようと思わないのだから、不思議な話である。これは、この布団が気持ちよくて出たくないのか、布団の外が寒いから出たくないだけなのかは、わたしにも分からない。「倫太郎」わたしは布団の中から倫太郎の名前を呼んだ。倫太郎の「なに」という少し面倒臭そうな返事が、わたしの布団のすぐそばから聞こえてきたので、布団の中から、倫太郎の声のするほうに手を伸ばした。ひんやりとした空気が、わたしの手と腕に触れて思わず布団の中に腕を引っ込めてしまおうとしたのであるが、それは叶わなかった。わたしの手を握りしめた倫太郎の手に阻まれてしまったのである。ひんやりとした空気に触れたわたしの手を握る倫太郎の手は、あたたかい。「倫太郎あったかい」そう、わたしが言えば倫太郎は「そう?」と言った。このまま布団の中に引き摺り込んでしまいたい、そうわたしが言えば、倫太郎は「俺は寝ないよ」と言った。少しくらい付き合ってくれたっていいのに、と思うのであるが、倫太郎は結構マイペースなところがあるので、彼の気が向かない限りは付き合ってもらえないことの方が多い(たまに、倫太郎の方が折れてわたしのわがままを聞いてくれるときはある)。倫太郎は「まだ寝る?」とわたしの手指に自分の指を絡めて握りながらそう問うた。「んん……」未だ寝るか、起きてしまうかを悩んですぐに結論が出せずにいると、倫太郎はわたしの手をそのまま引っ張って布団の中から引きずりだしてしまった。

「……まだ返事してない」
「時間切れ」
「もうちょっと待っててくれてもいいじゃん」
「ごめんね」

倫太郎はそう悪びれもせずにそう言った。「今日何かやることあるって言ってたじゃん」そう、倫太郎はわたしに言った。今日有給休暇を取った理由は一日中寝て過ごすためではなくて、昼間に出かけたい場所があったからだということをわたしはすっかり忘れてしまっていた。「もうちょっと早く起こしてよ」そう倫太郎に言えば、倫太郎は「理不尽」と言った。最もである。

「そういえば、倫太郎も今日休みだったんだ」
「俺も今日は有給」
「そうなんだ、なんかあるの?」
「ないよ。今月祝日無くてダルかったから有給切っただけ」
「たしかに」

そう倫太郎に言われて初めて、今月は祝日が一日もないことに気付いた。数年前まであった祝日が恋しいね、と言えば倫太郎は「そうだね」と言った。布団の中から引き摺り出されたわたしは寒くて布団の中に戻りたかったけれども、倫太郎が布団を剥がしてしまったので布団に戻ることすらできなくなってしまった。わたしにはもう、二度寝という選択肢は用意されていなくて、起きるという選択をすることしか出来なかった。

「……寒い」

わたしがそう倫太郎に言うと、倫太郎は「向こうの部屋は暖かいよ」と言って居間のほうを指した。「ほんとう?」わたしがそう言えば、倫太郎は来たらわかるよと言って居間のほうに行ってしまった。「倫太郎」そうわたし出て行こうとする彼の背中に向かって彼の名前を呼ぶと、「なに」という倫太郎の返事と、こちらに顔だけを向けた倫太郎のすがたが見えた。

「おはようって言ってなかった」
「俺は最初に言ったじゃん」
「……おはよう」
「うん、おはよう」

わたしがそう倫太郎に言うと、倫太郎は「早く起きてね」と言って今度こそ居間の方へと行ってしまった。
2020-12-07