小説

十二月五日:買い物に出かける準備の話

「何してんの」
「見た通りだよ?」
「分かんないから聞いてる」
「ファッションショーしてる」
「なんで」
「明日買い物に行くでしょ、洋服考えておこうと思って」

明日、倫太郎と一緒に買い物に出かけることになった。先日、コンビニで盗まれてしまった新しい傘を買いに行くことにしたのである。倫太郎が使っている傘のことを、彼の実家から教えてもらったのがつい昨日のことだった。彼の実家から教えてもらったお店の名前をインターネットで検索してみると、わたしたちの住むところから数駅となりにある、駅直結のショッピングセンターの中に店舗が入っているようであった。わたしも倫太郎も、休日に人の多い場所に行くことを好む性ではないけれども、倫太郎と久しぶりに外に出かけることが出来ることが嬉しかったので、出かける理由も、出かける先がどこであろうと、わたしはどうでも良かった。

「色、どっちがいいと思う?」

おろしたばかりの洋服を二着持って、倫太郎に見せる。わたしが右に持った洋服にするか、左に持った洋服にするかを一生懸命悩んでいる様子を、倫太郎はさして興味なさそうな顔をしてみていた。姿見鏡の前で洋服を合わせながら、どっちがいいかを問うわたしの質問にたいして、倫太郎はわたしの方を少しも見ずに、スマートフォンでSNSを眺めながら「どっちでも似合うよ」と適当な返事をした。「どっちがいいかって聞いてるの!」わたしがそう、倫太郎に詰めるように言えば、渋々スマートフォンから顔を上げた倫太郎は、わたしが右手と左手に持っている洋服を交互に眺めた後に、「えー」と言至極面倒臭そうな声をあげた(倫太郎にとっては本当にどちらでも構わないのだろう)。

「こっちとこっちで明日の朝迷いそうだから今決めようと思って」

そうわたしが言うと、倫太郎は「服で悩むの大変だね」とどうでもよさそうに言った。倫太郎はだいたい、出かけるときに着る服が決まっているのか、彼が洋服で悩んでいるところをあまり、見たことが無い。新しい洋服を買った時に服を合わせて「これ、ダサくない?」と言ってくるときはあるが、倫太郎が服で悩んでいるような雰囲気を見せるときと言えばそれくらいなものである(それでも、ダサすぎる服を見せてきたことは無いのでセンスは悪くないのだと思う)。倫太郎はわたしの両手にある洋服をしばらく眺めた後に「……右」と言った。

「わたしから見て右?」
「俺からみて右」
「じゃあ、左の服か」

倫太郎が選んだ洋服を姿見鏡の前で合わせた。一か月ほど前に買って、今まで一度も着たことのない洋服だった。普段買っている色の洋服とは違う、変わった色の洋服に挑戦しようと思って買ってみた色で、選んだときは行けると思って買ったのであるが、家に帰ってきたあとにちょっと冒険しすぎたかもしれないと思い直したものだった。せっかく買ったのだからいつか着ようと思ってはいたのだが、この色に挑戦する勇気が出ないまま、クローゼットの奥で眠り続けていたものである。

「これ、イケる?」
「なんで」
「いつも買わない色だからちょっと不安だった」
「言われてみればその色あんまり着てないね」
「どう?」
「合わせるだけじゃなくて着てみたら?」
「うん」

わたしは倫太郎に言われるがままに洋服を着て見せた。「後ろは?」倫太郎にそう言われて、わたしは後ろを向いた。倫太郎に背を向け、姿見鏡の正面の前に立つ。正面から見ている限りだと、案外悪くないような気がした。「いいじゃん」倫太郎はわたしの後ろ姿を見てそう言った。姿見鏡越しに見えた倫太郎の表情が、先ほどまでわたしの洋服に全くと言っていいほど興味がなさそうな時に見せていた、あの面倒臭そうな表情ではなかったので、きっと、倫太郎は本心からそう言っているのだと思う。

「似合うよ」
「かわいい?」
「きれいかな」
「へへへ」

明日はこの服にする、そうわたしが倫太郎に言うと、倫太郎は「そうしなよ」と言った。着ていた洋服を脱いですぐに、ハンガーに掛けて、クローゼットの一番先頭に洋服をさげておいた。ハンガーに下げられた洋服を見ていると、明日のお出かけのことを思って胸が高鳴るのを感じる。「楽しみだな」そうわたしが思わず、声に出して言えば、倫太郎は「そこまで?」とわたしのことをどこか楽しそうなものを見るような目で見ていた。

「久しぶりのお出かけだから楽しみだよ」

わたしがそう返せば、「傘買いに行くだけなのにね」と倫太郎はわたしに言うのであるが、今のわたしは倫太郎とどこかにお出かけに行けることが楽しみで仕方がないのである。行き先がどこであれ、どんな理由であれ、構わないのである。「ふふふ」わたしが、上機嫌で倫太郎の顔を見ていると、倫太郎は「楽しそうだね」と言った。「楽しみだよ、すごく」わたしはそう、倫太郎に答えて、ハンガーに下げられた、おろしたての洋服を眺めた。明日の外出の時に、初めて外に着て出かけられるわたしの洋服も、心なしか喜んでいるように見えた。
2020-12-05