小説

十二月四日:つまらない映画を見た日の話

 エンドロールとともに、穏やかなポップスがゆっくりと流れている。流れる音楽は、去年の夏頃に話題になっていた音楽だった。出かける先々の有線放送で耳にした音楽が、観ていたこの映画のテーマソングだと知ったのは、つい今しがたのことである。
 倫太郎とふたり、居間のソファに座ってテレビを見ていた。毎週この曜日のこの時間、ふたりそろって自宅に帰っている日は、地上波の映画放送を見ていることが多い。今日も、例に漏れずふたりで仲良く映画を見ていた。映画の本編が終わり、黒い画面の上を流れてゆくスタッフロールの白い文字を、ただぼうっと見ていた。もう、チャンネルを変えてしまってもよいのであるが、わたしたちはスタッフロールの終わりまで見たのちに、翌週の次回予告まで見ることが常であった。スタッフロールを眺めながら、倫太郎のからだに、自分の身を寄せた。そうして、倫太郎の顔を下から覗き込むようにして盗み見たときに、ちょうどわたしの顔を見た倫太郎と視線がかちあってしまったのが少しだけ気まずかったので、彼からそっと視線をそらした。何事もなかったかのように装って、再びテレビの方に視線を戻す。倫太郎は何も言わずに遊んでいたわたしの手を握った。ポップスの、ラストサビが終わり、アウトロが静かに流れるのを聴きながら、わたしも倫太郎の手を握り返した。
 流れていたエンドロールが終わり、画面が暗転する。わたしと倫太郎の間に、言葉はひとつも無かった。一瞬だけ無音の時間が挟まって、映画の余韻に浸る時間もないまま、テレビからはすぐに次週放送されるタイムスリップものの、ド派手なアクション映像が流れて、つい今しがたまで見ていた映画のおだやかな雰囲気はすべて台無しになってしまった。

「映画さあ」

倫太郎が、言葉を選ぶように口を開いた。「……微妙じゃなかった?」倫太郎のその口ぶりから、倫太郎にとって先ほどまで見ていた映画があまり面白くなかったのだろうということを察した。わたしは隣に座る倫太郎の顔を見る。相変わらずわたしの手で遊んでいる倫太郎の表情は読み取りづらかった。よく言えばいつも通りで、悪く言えば無表情である。「うん」つまらなかったね、そうわたしは彼の言葉を肯定した。つい今しがたまで観ていた、去年の夏頃に話題になっていた恋愛映画の地上波放送版のことを、映画の最初から思い出してみたけれども、面白かった箇所があまり思い浮かばなかった。映画館で上映されていた時期は、街中では大ヒット上映中と銘打たれた広告がどこに行っても目に入っていたし、SNSでもかなり評判が良いような書き込みがたくさんあったことを記憶している。SNSで見た評判をそのまま鵜呑みにすること自体、あまりよくないのだろうが、評判と実際の映画の面白さというものはやっぱり違うものなのかもしれないと思ってしまった。年頃のふたりが青春のようなことをして、そのままの流れで恋人関係になって終わってしまうという、ありがちな恋愛映画だった。ただの恋愛映画ならばそれはそれでよかったのであるが、この映画はコミカルなシーンの挟みどころの間の悪さが、映画の良い雰囲気をぶち壊しにしていたようにしか見えなかったし、最後の感動的なシーンともいえる主人公たちの想いが伝わって恋人同士になる場面も、主人公たちのこれまでの障害や、人間関係における転機のようなものが雑に描かれていたせいでどうしても登場人物たちの気持ちから置いて行かれている感じがしてならなかった。登場人物たちに対してあまり感情移入も、共感もできなかったというのが、わたしの感想だった。地上波で放送されているものだから、映画館で上映していたものよりも場面がカットされていて余計に分かりにくいことになっているだけかもしれないとは思ったけれども、それでも面白いとは決して言えなかった。

「ネットの評判がすごい」
「悪い方の意味で?」
「うん」

倫太郎がスマートフォンを器用に操作しながら、わたしにそう言った。去年あんなに盛り上がってたのにね、とわたしが倫太郎に言えば、倫太郎は「ノーカット版だとだいぶ変わるみたいだよ」と言って、わたしにSNSの書き込みを見せてきた。ノーカット版と地上波での放送版とでは全然違う映画になっている、というこの映画のファンのお怒りの書き込みが滝のように流れてきているのを見て、映画のファンのがっかり具合がひしひしと伝わってくるようであった。それでもあの映画を観た後で、ノーカット版をみたいかと言われるとこれもまた微妙な話だなと思ってしまう。「ノーカット版見たいと思う?」わたしがそう倫太郎に問えば、彼は「いや、いい」と答えた。そもそも、倫太郎は自分から、恋愛映画を好んでみようとはしないので、あの映画のノーカット版の方が面白いと言われたところで、あの映画を自分からすすんで観ようとはしないだろう。

「観たいなら付き合うけど」
「わたしも遠慮しとく」

また別の時なら観たいと思うかもしれないけど、今はなんかそういう気分じゃないや、と言えば倫太郎は「そっか」と言ってスマートフォンを置いて、テレビのリモコンを操作し始めた。既に映画の番宣もおわり、夜のニュース番組が放送されていた。ニュースキャスターが、わたしたちの住む地域のできごとを報道している。倫太郎はニュース番組から、テレビの録画一覧画面に切り替えて、今日の映画の録画を引っ張り出してきた。

「今日のやつ、消していいよね」

倫太郎は映画のタイトルをわたしに見せながらそう問うた。今日の映画は、一回観ただけで十分だと思ってしまったので、多分二度とみることはないだろう。わたしは倫太郎の問いに首肯した。「消していいよ」そう倫太郎に言えば、倫太郎は器用にリモコンを操作して、その映画の録画を消してしまった。

「去年結構話題になってたじゃん、さっきの映画」
「うん」
「だから余計に期待してたっていうのはあるかも」
「たしかに」

「期待しすぎたのが余計に良くなかったのかもね」と倫太郎はわたしに言った。わたしもそう思ったので「そうだね」と倫太郎に返した。

「でも、期待しないでおこうと思っても、俺、こういうのって期待しちゃうんだよね」
「うん。わたしもそれで勝手にがっかりするの」
「ははは、わかる」
2020-12-04