小説

十二月二二日:まずいおやつを引いた日の話

「倫太郎」
「なに」
「これあげよっか」
「いらない」
「食べてよ」
「食べない」
「なんで」
「絶対まずいから」

お前がこういう時に持ってくるやつはだいたいまずいやつじゃん、と言えば彼女はわかりやすく舌打ちをしてみせた。「行儀が悪い」「ごめんなさい」彼女の手元にあるのは、今日の帰りがけにコンビニに寄って買ってきた新発売のお菓子らしい。コンビニ限定とパッケージに書かれたそれは、数日前にコンビニに寄ったときに買って食べてみるかどうかを悩んだ結果、買わずに帰ってきたものだった。彼女の反応を見る限り、あまり美味しいものではなさそうだったので買わなくて良かったと思ってしまった。「そんなに不味いの?」そう彼女に問えば、彼女は渋い顔をするばかりであった。不味いと言えば己が絶対に口にしないことを分かっているから不味いとは言いたくないけれども、不味いと言う事実に対して嘘はつけないと言う時の、彼女の葛藤を表すとてもよい表情だった。

「不味いんだ」
「不味いとも美味しいとも言い難い」
「美味しいって出てこない時点で不味いってことでしょ」

そう言えば、彼女は渋い顔をして己の顔をじっと見ていた。「倫太郎も食べてよ」そうして、下手な芝居を打つこともやめてそう言った。

「えー」
「食べたらわかるから」
「やだよ。だって不味いんでしょ」

頑なに断る己に、彼女は「食べないと多分損するよ」と己の方にパッケージごと寄越してきた。どう考えても食べる方が損するほうの食べ物じゃないのかと思うけれども、それは言わなかった。もし、己がこの場で彼女から差し出されたものを受け取ってしまえば、このまま己が全て食べなければならなくなることが目に見えて明らかだった。彼女の作戦に乗ってやる気はさらさらなかったので、目の前に置かれたお菓子に手を伸ばさずに彼女の顔をジッと見つめてやった。彼女は、お菓子と己の顔とを交互に見たあとで、「あげるよ、全部あげる」と言った。己が手を伸ばさずに遠目に見ていることにしびれを切らしたのか、「ねえってば」と急かすように言ってくるのが面白かった。

「……食べてよ」
「なんで」
「悪くないから」
「そう言うなら全部食べなよ」
「こう言う幸せは分かち合うのが良いでしょ」
「その幸せから胡散臭さしか感じないんだけど」
「胡散臭くないよ」

彼女はそう片言の言葉で言った。「嘘つけないよね、ほんと」そう彼女に言えば、彼女はぷいとそっぽを向いてしまった。本人にも多少の自覚はあるらしい。目の前に放っておかれたお菓子をそのままにしておくのも良くないので、渋々手を伸ばした。

「一個だけだからね」
「一個と言わず全部食べていいよ」
「絶対一個でいい」
「全部あげる」

彼女がパッケージごと押し付けてくるのを無視して一つだけ、口に放り込んだ。たしかに、彼女が微妙な顔をしていたのも分からなくもない味だった。美味しいとは決して言えないし、彼女が表情に出すほどまずいとも言えない味だった。食べようと思えば食べられなくもないが、自分でお金を出して買うとなると少しためらってしまう、そんな味だった。

「食べられなくもない」
「じゃあ全部食べて」
「全部はいらない」
「わたしもいらない」
「自分で買って来たんだから食べなよ」
「……」

彼女は渋い顔をして己の顔を見ていた。お菓子のパッケージに手を伸ばすも、その指先は迷っている。彼女の指先が迷っている間にも、己は彼女の買ってきたお菓子のパッケージの中身を口に入れていくのであるが、なかなか量が減らない。

「思ったより多いねこれ」
「大袋で買ったのが失敗だった」
「子袋で売ってなかったっけ?」
「大は小を兼ねるって言うでしょ」
「それで失敗したんだ」
「そうとも言う」

どうしたものかね、と彼女は袋を目の前にして渋い顔をしていた。「手止まってるけど」そう彼女に言ったけれども、彼女は一向に手を付ける気配が無かった。「倫太郎が全部食べてよ」ようやく口を開いたと思えば、そう彼女が言うのでため息をついてしまった。「今度から買うときは子袋にしてよ」そう彼女に言えば、彼女は「わかった」とだけ言った。
2020-12-22