小説

十二月二一日:セーターが縮んで凹む話

「倫太郎見て」
「どうしたの」
「これ」

彼女の手にはセーターがあった。彼女が持っているセーターの色には見覚えがあるが、そのセーターの大きさは、彼女が着るにしてはあまりに小さすぎるものであった。「小さくない?」そう彼女に問えば、彼女は「うん」と言って、一生懸命手でセーターを広げる。彼女が手で無理やりセーターを広げて見せるものの、セーターは不格好に縮んだままだった。彼女の体の大きさと、目の前のこのセーターの大きさを見るに、この服を彼女が着るのはきっと無理だろうと、洋服にさして詳しくない己にも見ただけで分かることであった。

「縮んじゃった」
「それ買ったばっかだったよね」
「うん。ショック」

この間買い物行った時に買って、明日着ようかなって思って洗濯したらこうなっちゃったんだよね、と彼女はげんなりした顔をして言った。「洗濯したときに縮んだ気がしたけど干したら戻るかなって思って干してみたんだよね」でも縮んだままだった、と彼女は言った。彼女のセーターは、晴れの日のベランダに干されていたせいか、セーターからはほんのりお日様の匂いと、冬の冷たい空気の匂いがした。残念ながら、肝心のセーターは、彼女の願いも空しく、縮んだまま元の大きさには戻らなかったらしい。

「それ、まだ一回も着てないやつ?」

そう問えば、彼女は首肯した。

「かわいそう」
「ほんとにね」
「せめて一回くらい着てたらね」
「そう思う」

彼女は縮んだセーターを片手に、溜息を吐いた。せめて一回でも着た後だったらなあ、と言う彼女は、心底がっかりしているようだった。何度か、「これ元に戻ったりしないかなあ」と言うのであるが諦めた方が早そうだった。

「一回着た後で縮んだとしてもまだ一回しか着てないのにって言ってそう」
「わたしが?」
「そう」
「言ってると思う」
「だよね」

小さくなってしまったセーターを彼女から受け取って、彼女が先ほどまでやっていたように広げてみる。しかしながら、縮んだセーターは縮んだままで、元通りには戻りそうもなかった。「戻らないね」「うん」彼女も、己も、もう十分すぎるほど悪あがきをした後で、もうどうにもならなくなってしまったセーターを、彼女に返した。

「ねえそれ、試しに着てみてよ」

そう冗談めかして彼女に言えば、縮んだセーターを、もう一度無理やり広げて見せてきた。「これを着ろって?」さっき倫太郎も無理なのわかったじゃん、と言いたげな顔をして、彼女は己に言った。

「うん」
「なんでよ」
「なんか面白そうだから」
「倫太郎が笑わないならいいよ」
「笑わない」
「絶対うそ」

だってもうすでに笑ってるじゃん、と彼女は言った。丈の短くなったセーターを着た後でどうなるかなど、彼女が着ずとも想像がつく。丈が足りなくておなかの真ん中あたりに裾がきてしまうことを想像したらなんだかおかしかったので、つい笑ってしまった。すると、ただでさえ渋い顔をしていた彼女の視線は冷たいものとなり、「やっぱり笑うじゃん」と言った。まあ、笑わないと口先で言いはしたけれども、笑わずにいられる自信はあまりなかった。彼女は黙って、服の上から縮んだセーターを着始めた。「着るのかよ」と言えば「着ないで捨てるのはもったいないと思う」という返事が返ってきた。つい先ほどまで渋っていたのにも関わらず、である。想像通り、彼女の着た縮んだセーターの裾は、彼女の腹の真ん中のあたりにきていた。「……どう?」そう彼女は真顔で己に問うた。裾がつんつるてんになってしまったセーターを着た彼女になんとコメントして良いのか分からなかったので「……かわいいね」と適当なことを言ったら「適当なこと言わないでよ」と言われてしまった。

「後ろ向いて」
「こう?」
「ははは」
「何笑ってんの」
「背中のほうはおなかのほうより縮んでる」
「見たい」
「そのまま動かないで」

彼女の後姿を写真に撮った。「何で連写してるの」「連写になっちゃったんだよ」撮った写真を彼女に見せると、「丈短すぎない?」と渋い顔をして言った。「だから前より後ろの方が短いって言ったじゃん」と言えば彼女は「ほんとにね」と言って笑っていた。

「この服はもうどうしようもないね」

そう、彼女は縮んでしまったセーターを脱いで、手に持って見せた。何度目かわからない悪あがきをして伸ばしてみたけれども、セーターは縮んでしまい、彼女の思い通りにはならなかった。「まあ、笑えただけマシじゃない」笑えもしなかったらそれこそもうどうしていいかわからないでしょ、と言えば彼女は余り納得していない顔をして「まあね」と言っていた。
2020-12-21