小説

十二月二十日:トイレが詰まって凹む話

 「倫太郎どうしよう」「どうしようって、どうしたの」顔を青くした彼女がトイレから出てきてそう己に言った。「トイレ詰まったかもしれない……」「えー、うそ」彼女に言われるがまま、トイレのレバーを押そうとすると、「ダメ」と言われてしまった。トイレの便器を見れば水があふれるか溢れないかの瀬戸際のところでギリギリあふれずに居る状態になっていた。このまま流して流れなかったらトイレの中身がそのまま出てきてしまうだろう。「……危ないね」そう己が彼女に言うと、彼女は「もうこれどうしよう……」と言った。トイレを詰まらせてしまった経験は、己にも彼女にも無かった。なので、こういうときにどうしたらよいのかが分からずに途方に暮れてしまった。水道工事業者に電話でもしてすぐに来てもらうのがよいのだろうと思うが、生憎水道工事業者に心当たりはない。……というところまで考えて、そういえばポストの中に入っていた水道工事業者の磁石が入っていたことを思い出した。「あれだ」「あれ?」急にそう言った己に、彼女は小首をかしげていた。「ほら、磁石入ってたじゃん、あそこに電話したらいいのかな」そう己が言えば、彼女は「そうかも……」と言った。そこに電話してどうにかなるのであれば早々にどうにかしていただきたいとさえ思う。使えないままのトイレをそのままにしていたところで、次にトイレに行きたくなった時に苦しむのは自分たちである。「電話するね」「うん」彼女にそう言って業者に電話をしたら、すぐに来てもらえることになった。案外すぐに解決しそうで良かったと思う。「流してないままのトイレ見せるのやだな」そう彼女は言うのであるが、こうなってしまったあとではもうどうしようもない。「諦めて」そう言えば、彼女は「倫太郎がしたってことにしていい?」と言い出した。「別にいいけど」そう言えば、彼女は「うそだよ」と言った。

「だってトイレで用を足した後でトイレ詰まったって言ったらそんなに大きいの出したの?みたいになりそうじゃない?」
「業者も慣れてるから大丈夫でしょ、別に何も思わないって」
「そうかなあ」
「別に俺がしたことにしていいから、何も知らない顔してたらいいよ」
「……」

彼女は渋い顔をして己の顔を見ていた。別に誰が何を出したかなんて業者は気にしないよ、と思うのであるが彼女にとってはそうではないらしい。業者は電話してから三十分掛からずに家にやってきた。業者が手際よく修理をしてくれたおかげで、家のトイレは数分と経たずに元通りになった。水が無事流れるようになったトイレを見て、彼女はおおいに喜んでいた。己も、自分がトイレに行きたくなるより先にトイレが治ってくれてよかったという思いの方が強かった。修理費用は可愛いものではなかったけれども、トイレが治ったのでこの際はこれで良しとすることにした。

:

「倫太郎聞いてよ」
「なに」

この間水道業者にきてもらったじゃん、と彼女は言った。あのトイレが流れなくなった日のことか、と思って「うん」と答えた。彼女が少しばかり暗い顔をして己に口を開く。「あれ、先にやらないといけなかったの大家さんに連絡だったよ」そう彼女は言った。

「この間大家さんに会ったからトイレ詰まった話したら大家さんに連絡くれたら業者呼んでやってくれたみたい」
「そうなんだ」
「領収書渡したらもっと安い業者あるからって言われたよ」
「ポストに磁石が入れられてるところに電話するのはダメなんだ」
「そうみたい」

今回は大家さんがお金払ってくれたけど次は大家さんに連絡してねって言われたよ、と彼女は言った。住んでいる建物で何かがあったらとりあえず先に大家さんに連絡してくれればいいから、という話をされたのだと彼女は言った。さすがにあの時はパニック起こしててそこまで思いつかなかったし、彼女もそうだったはずである。

「わたし全然思いつかなくて」
「俺も」
「大家さんに連絡していいんだって思った」
「そう言えば管理費とか払ってたね」
「それも言われた」
「ははは」

次はそうしようか、と彼女に言えば、彼女は渋い顔をして「もう次が無いほうがいい」と言った。たしかに、自分が用を足した後にトイレが詰まるのは嫌だなと思ったので、「たしかに」と彼女に返すと、彼女は「でも倫太郎も一回自分がトイレしたあとにトイレ詰まるのを経験した方が良いよ、絶望するって言葉の意味を理解できるから」と言った。「嫌だなそれ」そう言えば、彼女は「本当に嫌だよ」とうんざりしたような顔をしてそう言った。
2020-12-20