小説

十二月十八日:スーパーで一緒に買い物して帰る話

「倫太郎」「ん?」急に声を掛けられ、背中をつつかれたので後ろを振り返ると、良く見知った彼女が立っていた。あたま二つ分は低いところにある彼女の顔が、己を見上げている。家で姿を見ることはよくあるけれども、こうして予定していないタイミングで、彼女と外で会うことはあまり、無い。通勤鞄を持ったままの彼女は多分、職場から帰っている最中なのだろう。ここは、自宅から最寄りのバス停から、自宅への帰路の途中にあるスーパーマーケットの目の前である。帰宅途中の彼女に、「おかえり」と言えば、彼女は「まだ家にはついてないけど、ただいま」と返してきた。

「倫太郎も今帰りなの?」
「うん」
「わたしも」
「帰りのタイミングが被るの久しぶりだね」
「うん」

バス停同じなのにバス停で会ったこと無いもんね、と彼女は言った。言われてみれば、朝出かけるときは一緒に出て同じバス停に行くことはあるのに、帰りのタイミングで彼女に会ったことはほとんどなかった。そもそも、彼女と己とではバスにのってから職場までの距離も違えば、定時の時間も違うので会うことがないのは仕方のないことなのかもしれない。彼女は「倫太郎、いつもだったらもう家に帰るでしょ」と言った。「まあね、今日はちょっと残ってやることあったから」そう言えば、彼女は「大変だね」と言った。こちらからしてみれば、いつもこの時間に帰っている彼女の方が大変なのだろうと思う。二言、三言短い会話をしたあとで、彼女は「わたし寄るところあるからまたあとで。気を付けて帰ってね」と言った。「どこかに行くの?」そう問えば、彼女は目の前のスーパーマーケットを指さした。「俺もついていっていい?」そう彼女に言えば「詰まらないと思うけど、いいの?」と問うてきた。「いいよ」どうせ家に先に帰ってもやることないしね、と言えば彼女が「じゃあ倫太郎も一緒にスーパー寄って帰ろう」と言った。スーパーマーケットの店内に向かって歩き出した彼女の横に並んで、一緒に歩く。スーパーに一緒に買い物に行くことは、実のところあまりしたことが無い。買い物は彼女がひとりで済ませてしまうことが多いし、己がスーパーにたまに寄るときと言えば、帰りのタイミングがタイムセールの時間とかぶった時にお使いを頼まれるときくらいなものである。なので、こうして彼女と一緒にスーパーマーケットで晩御飯の買い物をするというのがどこか新鮮なもののように思えて仕方がなかった。

「夕飯の買い物?」

そう彼女に問えば、彼女は「そうです」と楽しそうに笑って言った。特売と書かれたチラシが貼られているのを上から下まで眺めたあとで、彼女は買うものの候補を考え終わったのか、「野菜と肉か魚かな」と言った。彼女の中の何を基準にして買うものを考えているのか、己には全く見当も付かない。

「晩ご飯何にするの?」
「鍋にしようかなって」

葉物の野菜が安いからちょうどいいかなって思っているんだけど、と彼女は言った。朝みたニュース番組で、今日は今月の中では最も冷え込むと言っていたような気がする。今日のような寒い日に鍋を食べるのもいいなと思ったので、「いいね」と彼女に言った。「やった」彼女はそう、うれしそうに言った。野菜を買い物かごに入れた後で、鮮魚コーナーで白身魚を選び、精肉コーナーで鍋に入れるメインのお肉を選んだ。肉か魚かどちらかを買おうとしていたようだけれども、結局のところどちらも買うことにしたようだった。彼女のことだから少しくらい悩みそうだとは思ったけれども、食材を決めるときはあまり悩まないようだったので、それもまた新鮮だった。「鍋に入れなかった方は別の日に食べたらいいかなって思って」そう彼女は言い訳をするように言うのであるが、その言い訳も己の前ではあまり意味をなしていなかった(というのも、食事を作るのはもっぱら彼女なので、そういう話をされてもあまりよくわからないというのが本音かもしれない)。空っぽだった買い物かごは今となっては選んだ食材たちでいっぱいになって、はじめのうちは軽そうに見えた買い物かごも今となっては随分と重そうだった。初めからここまでかごにものを入れることが分かっていれば、カートを持って来た方が良かったのかもしれないとも思ったけれども、後の祭りである。今更カートを取りに戻るつもりもないのか、彼女は買い物かごを一生懸命持ち上げながら歩くので、彼女の手から買い物かごを取り上げた。ずっしりとした買い物かごを持った後で、重いなら己に初めから渡してくれればよかったのにとも思う。荷物持ちの手伝いくらいならば、買い物についてよくわからない己にもできるだろうし。そう思いながら買い物かごを持っていると、買い物かごを取り上げられた彼女は目を丸くして己の顔を見ていた。「重くない?」ようやく、口を開いたと思えば彼女はそう言った。「その重いかごもってたのそっちじゃん」そう返せば「まあね」と彼女は言った。

「倫太郎やさしい」
「俺はいつもやさしいよね?」
「……」
「なんで黙るの」
「意地悪なことの方が多い気がするから」
「そう?」
「自覚がない?」
「……」
2020-12-18