小説

十二月十七日:サンタさんに食洗機をねだる話

 お茶碗に入ったご飯の、最後のひとくちを口に入れ、食べきったあとで、彼女の食事が終わるのを待つ。彼女が食事をすべて食べきった後で、彼女と、揃ってごちそうさまのあいさつをした。ふたりで食卓を囲む生活にも随分慣れてきて、同棲したてのころのことを唐突に、懐かしく思う。あの時はまだ、彼女が随分と緊張していて、彼女の作った食事を彼女の目の前で食べているのを恐る恐るといった顔で見られていたことが、今となってはもう随分と昔のことのように感じる。「倫太郎」あいさつのあとで、彼女が己の名前を呼んだ。

「どうしたの」
「真面目な話なんだけど」

唐突にそう切り出してきた彼女の顔を見る。大真面目な顔をして己に切り出してきたということは、家のことで相談でもあるのかもしれない。家事分担の話か、それとも己に対して我慢していることがもしかしたらあるのかもしれない。「……」「……」彼女と、己との間に沈黙が流れる。彼女の口が半分開いては閉じるを二度ほど繰り返したあとで、口がきゅっと結ばれてしまった。「どうしたのさ」そう、彼女に問えば、彼女の目が泳いだ。「ええっと……」尻すぼみになりながらそう言う彼女の態度をみて、そこまで言いにくいことでもあったのかと思う。心当たりが無さすぎて逆に困る。「俺、なんかやった?」そう彼女に問えば、彼女は首を横に振った。「そういうのじゃないんだけど、真面目な話」そう、彼女は再び言うのであった。

「サンタさんってさ」
「え?」
「サンタさんってさ」
「うん?」
「倫太郎はサンタさん、いると思う?」
「なんの話?」

まさかこの年になってまでサンタクロースがこの世に存在するかどうかの話を大真面目にするとは思わなかったので(だいたい、去年のクリスマスにだってサンタクロースの実在、非実在の話はしていない)、彼女の意図が読めずにそう問うたのであるが、彼女は目を泳がせて気まずそうな顔をしていた。

「急になんでそんな話したの」
「うーん……」
「そんなに言いにくい話?」

そう問えば、彼女は暫く考え込むようなそぶりを見せた後に首肯した。こちらの様子をうかがいながらゆっくりと首を縦に振る様子を見て、彼女がこれから切り出すことはそんなに重い話なのかと思い、自然と背筋が伸びる。「……どういう話?」言ってよ、怒ったこと無いじゃん、と彼女に言ってみたけれども、彼女はうんうんと唸るばかりだった。暫くして、意を決したのか、彼女は視線をそらしながらではあったが、ようやく口を開いた。「食洗器が欲しい」小さな声でそう言ったのである。

「食洗器?」
「うん」
「食器洗うやつ?」
「そう」
「ほしいの?」
「……うん」
「買ったら?」

そう言えば、彼女は「いいの?」と目を輝かせてそう言った。彼女から何かを頼まれて断ったことはあまりないのに(全くないと言えば嘘になる、実際サインをしてほしいとか、そういったお願いは断っている)、どうしてそうまで言いづらそうにしているのかが分からなかった。「お金の問題?」そう彼女に問えば、彼女は気まずそうな顔をして首肯した。「わたししか使わないから、買うのもどうかなって思ってて」そう彼女は言った。「いいじゃん、買いなよ」お金も共有の財布から出したらいいよ、そう言えば彼女は「いいよ、自分のお金から出すよ」と言うのであるが、それならば己にそう言う話をせずに勝手に買ったって良かったじゃないかとも思う。それを言えば、「買い物の金額が高いから、黙って買ったら嫌かなって思って」と彼女が言った。別に自分の金の使い道に口を出すようなことは一度だってしたことが無いのに、どうしてかそうやって変に気を使うので「俺は金の使い道について言わないじゃん」と言った。言われて初めて気づいたような顔をして、彼女は「そういえば、倫太郎から言われたこと無いね」と言うので、「うん」と答えた。

「で、なんでサンタなの」
「サンタさんがいたら持ってきてくれるかもしれないじゃん」
「なるほど、そういう話ね」
「うん」
「食洗器は今年のクリスマスプレゼントに買ってあげる」

共有の財布から出すのもナシね、と言えば彼女は目を丸くして「いいの?」と言うので「嫌なら買わない」とわざと意地の悪い言い方をしてみれば、「欲しい」と即答した。じゃあ次の休みの日に買いに行こうね、という話をすると、彼女はうれしそうな顔をしてスケジュール帳を眺めて「この日がいい」と言ったので「わかった」と答えた。その日までに好きなの考えておいてよ、と言えば、彼女はもう候補が絞られているのであとは現地で見るだけだと言った。そうは言いつつも多分、買うとなるとまた迷うのだろうと思う。

「前から思ってたんだけどさ」

そう、己は彼女に切り出した。その言葉に、女が背筋を伸ばし、大真面目な顔をして己の顔を見ていた。そんなに身構えてまで聞くような話じゃないよ、と思うけれどもそれを言ってもあまり効果はなさそうだった。「甘えるの下手だよね」そう彼女に言えば、いまいち納得がいかないような顔をして己の顔を見ていた。「だいたい、欲しいなら欲しいって言ったらいいじゃん」家で使う奴なら俺もダメって言ったりしないよ、と言えば彼女はほっとしたような顔をして「うん」と答えた。
2020-12-17