小説

十二月十六日:サインをねだる話

「あの、すみません」
「急になに?」
「角名選手ですよね」
「なにそれ」
「男子バレーボールの、角名倫太郎選手ですよね?」
「そうだけど、なに?」
「わたし、実は角名選手のファンなんです」
「……だからなんなのそれ?」
「街中で角名選手と偶然会った角名選手のファンのわたしって設定」
「それ付き合わないとダメ?」
「ダメ」
「えー」
「角名選手は自分のファンの子にそんな顔しない」
「そんな顔ってどんな顔」
「面倒くさそうなものを見るときの顔」
「実際面倒臭いじゃん」
「角名選手はファンにそんなに塩対応しない」
「なんで俺のファンの対応知ってるの?」
「なんででしょうね」
「見たことないよね?」
「何で知ってるかは秘密」
「なんで」
「教えられない」
「で、なんで急にそんなことやってるの?」
「こんなところで角名選手に会えるなんて嬉しいです」
「こんなところも何もここ俺の家なんだけど?」
「こんなところで角名選手に会えるなんて嬉しいです!」
「……はい、アリガトウゴザイマス」



「ノリって大事じゃん」
「俺が関西にいたからってノリが良いわけじゃないからね」
「わたし、角名選手のファンなんです」
「人の話を聞いて」
「この間の試合もとってもかっこよかったです!」
「……」
「最終セットマッチポイントのスパイクが決まった時は感動しました!」
「……はい」
「ハラハラして手に汗握っちゃいました」
「はい、ありがとうございます」
「倫太郎」
「なに」
「倫太郎もっとファンのわたしにやさしくして」
「やさしくしてるじゃん」
「いいや、いつもの倫太郎は絶対もっとファンにやさしくしてる」
「なんで知ってるの」
「なんででしょうね」
「試合会場まで来たりファン感とか来たことないじゃん」
「ふふふ」
「なんで知ってんの」
「角名選手のファンのSNSを見てるから」
「なんで俺のファンのこと見てるんだよ」
「角名選手がいつもどんな感じなのかなって思って」
「うわあ」
「そのマジのドン引きやめて」

:

「俺はやらないからね」
「やって」
「なんで」
「ファンのわたしに優しくしてくれる倫太郎が見たいから」
「本音は?」
「……」
「俺は侑みたいにノリ良くないしそういうのは侑にやってもらってよ」
「宮選手じゃなくてわたしは角名選手にやってもらいたいんだけど?」
「なんで」
「外面が良い角名選手を見たいから」
「俺はやりたくない」
「これにサインいただけませんか?」
「……」
「サインいただけませんか?」
「それ何?」
「この間買ったわたしの今年の手帳の中身とマジック」
「それは見たらわかる」
「ここにサインしてもらえませんか?」
「なんで」
「角名選手のサインが欲しいから」
「なんで手帳に俺の名前書かないといけないの」
「わたしも倫太郎のサインが欲しい」
「本音はそれか」
「はい」
「ヤダ」
「角名選手のサインがわたしも欲しい」
「俺はイヤ」
「じゃあサイン貰いに次のファン感いっちゃおうかな」
「絶対来ないで」
2020-12-16