小説

十二月十四日:自分の載った雑誌を買う話

 今日は家に帰るのが嫌だった。具体的に言うと、家に帰って自分の顔を見なければならないのが嫌だった。数か月前に、雑誌の撮影があり、写真を撮ったのであるが、家で雑誌の撮影の話をすると雑誌を買うか、買わないかの話で騒ぎになるのが目に見えていたので、彼女にバレないようにそれを黙っていた。にもかかわらず、彼女から今日、死刑宣告にも似たメッセージが届いたのである。『わたしに黙ってることあるよね』彼女に黙ってコンビニでデザートを買ったとか、そういうレベルのものであれば、バレたところで彼女は連絡してこない。連絡してくるということは、彼女に黙っていた『あのこと』がバレたに違いないと思った。雑誌の発売日は月の初め頃で、己は表紙にもなっていないし、表紙の見出しにも大きく名前が載っていたわけではない(少し小さめには書いてあったが、よく見ないと見えないだろう)。そもそも、彼女は本屋の雑誌コーナーに立ち寄れど、スポーツ雑誌のコーナーに立ち寄らないので、黙っていればバレないはずだったのである。しかしながら、その希望は打ち砕かれてしまった。

『なんのこと?』
『しらばっくれても無駄』
『よくわからない』

メッセージアプリ上で悪あがきをしたけれども、失敗に終わった。最終的に彼女は、雑誌名を送り付けてきて『よろしく』のスタンプを押してきたのである。俺が帰るときに本屋に寄って帰ってこいという意味だということはすぐに分かった。献本が来ているから買う必要なんてないのに(その献本も、彼女にバレないように部屋に隠していた)、何故買わなければならないのか。『献本あるからいいよ買わなくて』そうメッセージを送ったのであるが、彼女から帰ってきたのは『お使いヨロシク』の無慈悲な文字列だけだった。自分の載った雑誌を自分で、本屋のレジに並んで買わなければならないなんてどんな拷問だよ、と思うけれども、彼女のいうことを聞かずに手ぶらで家で帰った後の方が面倒なことになることは明らかだったので、帰り際に渋々本屋に立ち寄った。他の本棚には目もくれず、目当てのスポーツ雑誌のコーナーに寄って、在庫がありませんようにと祈ったけれども残念ながら雑誌はちゃんと置かれていた。見知った他チームの選手の顔の載った雑誌を持って、レジに並ぶ。表紙に自分の顔は映っていないけれども、まさかこの表紙に小さく名前の書かれた人間が、自分で自分の載った雑誌を買っているなんて、レジ打ちをしている店員は少しも思わないだろう。己のことなんて、バレーボールに興味がある人くらいしか分からないだろうと言うことをわかっているはずなのに、つい緊張してしまう。レジに雑誌を出して、会計をやってもらうまでの数分にも見たないこの時間が妙に長いように感じて仕方がなかった。雑誌を袋に入れてもらって、お金を払う。電子決済は、いちいち財布を出す必要が無いから便利だと改めて思う。特に、早くこの場から立ち去りたくてたまらない己は、この会計に掛かる数秒の時間が短くなることに感謝していた。

「ただいま」
「買ってきた?」
「買って来たよ」
「やった、ありがとう!」
「拷問だよねあれ」
「そう?」
「自分の載ってる雑誌を自分でレジに並んで買うの、かなり恥ずかしいからね」
「わたしも倫太郎が倫太郎の乗った雑誌買ってるところ見てみたかったな」
「俺はもう絶対やらない」
「えー」
「だいたい、なんで気づいたの」
「暇でSNS見てたら特集記事の宣伝流れてきた」
「ツイてないな」
「自分で雑誌買う羽目になるし?」
「それもある」
「内緒にしてるから自分で雑誌を買う羽目になるんだよ」
「そもそも献本来るから雑誌買わなくていいんだってば」
「献本隠してたじゃん」
「うん」
「電子版はさっき見たから倫太郎が買ってきたやつを今から見る」
「見たならもう見なくてよくない?」
「よくない」
「同じ記事見てどうするの」
「最初に見た時は倫太郎が居なかったから今度は倫太郎の目の前で見たい」
「俺自分の顔みるの嫌なんだけど」
「わたしに隠し事をしていた倫太郎に拒否権はない」
「……雑誌見る時俺に拒否権あったことないよね?」
「まあね」
2020-12-14