小説

十二月十三日:新しい手帳を買おうとする話

 もう今年もあと半月くらいで終わっちゃうね、と彼女が言った。女のまなこが、壁にかけられたカレンダーのちょうど、真ん中のあたりを見つめていたと思えば、昨日の日付にバツ印をつけた。十二月に入ってからバツのついた数は十二個になった。「一年、過ぎるのが早かったね」そう己が女に言えば、彼女は「そうだねえ」とのんびりとした口調で答えた。Vリーグのシーズンに入ってから跳ぶように日が過ぎているように思う。少し前まではかなり暑くて嫌な日ばかり続いていたのに、今はアップをするまでの寒さが煩わしい時期になってしまった。

「来年のカレンダー何が良い?」
「買うの?」
「どうしようかなって思ってる」
「どうせカレンダー貰えるから買わなくていいよ」

今、この家にある今年のカレンダーは、去年の暮れに所属しているチームが配っていたものだった。この調子だと来年もきっと、カレンダーが配布されるのだろう。だから、自分でカレンダーを買う必要はないと思っていた。最も、貰ってきたカレンダーが使いにくくて嫌だと言うのであれば、新しいカレンダーを買った方が良いと思うけれども、壁掛けのカレンダーの余白の部分に書き切れないほど予定を書き込んだところを今年一年一度も見ていないので、同じようなカレンダーがもらえるのであれば、多分問題は無いと思う。「今年ももらえるのかな?」彼女はそう己に問うた。

「去年も配ってたし今年も配ると思う。聞いてみるよ」
「いいの?」
「ウチのカレンダーだけじゃなくて、スポンサーからもカレンダー貰うから、結構余ると思うし」
「どんなのがあるんだろう」
「なんか希望ある?」
「カレンダーの余白に余裕があるやつがいいな。今使ってるカレンダーみたいなやつ」
「見てみるよ」
「ありがとう。わたしも職場でカレンダー配ってるけど、卓上カレンダーなんだよね」
「デスクで使うやつだ」
「そう」

「わたしのところもいいカレンダーが配られたらいいんだけどね」そう、彼女は言った。「大きいカレンダー、職場じゃなかなか使う機会ないもんね」そう彼女に言えば「そうだね」と返してきた。「来年のカレンダーは倫太郎が持って帰ってきてくれるやつがあるから買わなくて良くなってよかった」そう言って、彼女はカレンダーに書かれていたメモ書きに横線を入れた。カレンダーに買い物リストを書いていたのかもしれない。

「あとは手帳だ」
「手帳?」
「うん」
「そういえば去年も買ってたね」
「うん。今年は手帳の中身だけ変えようと思って」
「カバーは去年買ったやつ使うの?」
「うん。気に入ってるから」
「今度出かけるときに買いに行く?」
「通販したいものがあるから手帳の中身も一緒に通販しようかなって思ってる」
「どういうの買うの?見てみたい」
「いいよ」

己が彼女にそう言えば、彼女は鞄から自分のスケジュール帳を出してきた。一年使い込んだせいか、紙がところどころくたびれているように見える。

「開いてもいい?」
「いいよ」

彼女の手帳を開く。今年の一月のカレンダーに、己と出かける予定の日のことや、バレーボールの試合の日程が書かれていた。その日の勝敗の結果まで丁寧に書かれていたので、そう言えばそんなこともあったなと、だいたい一年前の出来事を懐かしく思った。そうして、翌月、翌々月と手帳を捲る。彼女の手帳には、仕事の予定や、遊びに出かける日の予定が彼女の字でびっしり埋まっている時もあれば、逆に、手帳に何も書かれていない時期もあった。真っ白になった月を眺めていると、彼女が口ごもりながら、「……なかなか手帳がうまく続かなくて」と誤魔化すように言った。「書いてる月と書いてない月があるのってそういうこと?」そう問えば、彼女は首肯した。「俺は手帳つけないからよくわからない」と言えば、彼女は「倫太郎そう言えば手帳持ってないよね」と言った。

「倫太郎はいつもどうしてるの?」

彼女がそう、己に問うた。「仕事の奴だったら卓上カレンダーの上に全部書いてるしプライベートの予定はこっちかな」そう言って、スマートフォンを見せた。

「見てもいいの?」
「いいよ」

今年の一月からのカレンダーを、彼女が眺めている。
彼女と出かける約束や、職場の人との飲み会の予定や試合の予定だけが登録されたカレンダーアプリを眺めた彼女は、どこか納得したような顔をして「倫太郎はこんな感じで登録してるんだ」と言った。

「予定しか書いてないから面白くないよ」
「日記とか書いてたらよかったのに」
「俺はそういうの無理だよ」
「残念。わたしは手帳には書けるけど、アプリの予定登録ができないんだよね」
「そう?便利だよ。アラーム鳴るし」
「そうなんだ。でもアプリを開く癖がないからやろうと思っても忘れちゃって、結局手帳に書いてる」

そう言って、彼女は、自分のスマートフォンの予定表を己に見せてきた。

「真っ白だ」
「祝日しか入ってない」
「カレンダー何も触ってない人じゃん」
「そうとも言う」

「倫太郎も手帳使ってみたら?案外使いやすいよ」そう彼女は言った。紙の手帳はたしかに、丁寧に書いていれば一年前のことを振り返るのが楽しいだろう。彼女の書いた手帳で一年を振り返るのは、確かに面白かった。ただ、予定を書いている対象が手帳なのか、カレンダーアプリかの違いでしかないのに、手帳で振り返る一年は自分のカレンダーアプリで一年前を見るよりも面白かった(それは、自分で書いたものではないものを見ているからというのもあるだろうし、彼女が手帳に書き込んでいた内容が丁寧だったから面白かったと言うのはあると思う)。手帳も案外悪いものではないかもしれないな、とは思ったけれども、どうも自分の性格では手帳を持って歩くということも、手帳に自分の字で書き込むということも途中でやめてしまいそうだったので「俺は向いてなさそうだから手帳はやめておく」と返事をした。彼女は、「一年後の倫太郎の手帳とわたしの手帳を交換するやつをやってみたかったな」と少し残念そうな顔をしていた。
2020-12-13