小説

十二月十二日:眠いけどまだ寝ない夜の話

「ねむいの?」
「ねむくない」

自分の隣で、頭が揺れている。ソファに座って己の体にもたれかかりながら、こっくりこっくりと船をこぐ女の頭が揺れるのをただ、見ていた。眠くないと言いながらうっつらうっつらと船を漕いでいるのが面白くてしばらく、揺れる女のあたまを見ていたけれども、その揺れが収まったと思えば、そのまま己の体にもたれかかったまま眠ってしまいそうだったので、女のからだを揺り起こした。目をこすりながら「なに」と言って、不機嫌そうな顔をして己の顔を見ている女の目は半分しか開いていない。気持ちよく眠りに入れそうだったのにたたき起こされてしまったことで機嫌が少しだけ悪そうだったけれども、こんなところで寝られてしまっては風邪をひくので、それは避けたかった。

「もう寝たら?」

そう、彼女に言えば「まだ起きる」と半分眠った声でそう返事が返ってきた。そうは言っても、目の前の女はもう眠気のピークを迎えていると思う。半分だけ開いた目で己の顔をみつめているところを見る限り、もう眠りに落ちるのも時間の問題だろう。「もう、限界じゃん」そう言えば、女は黙って己の体にすり寄ってきた。ペットを飼ったことはないけれども、ペットが飼い主に甘えてくる感じはもしかしたらこんな感じなのかも知れないと、擦り寄ってくる女を見ながらそう思う。己のからだにぺったりとくっついて離れようとせずに、「倫太郎」と己の名前を呼んで甘えてくるのが、なんだかむず痒いけれども、悪い気はしなかった。

「倫太郎あったかい」
「部屋寒い?」
「寒くない、倫太郎のからだがあったかいだけ」

すり寄ってくる女に「……ここで寝ないでね」と言うと、彼女は小さく頷いた。しかしそれも心許ないものであった。「なんで無理して起きるの」そう話しかけると、半分眠った口調で「あしたが休みだから」と答えた。「だから、今日はちょっと夜更かししようかなって」そう言う女に、「でももう起きてられないでしょ」と言えば、女は「でも、勿体無くて眠れない」と答えた。今すぐにでも眠ってしまいそうな人の口から出る眠れないという言葉ほど信用ならないものはない。

「倫太郎まだ起きてるでしょ」
「うん。俺はもう少し起きてるよ」

特にやることはないけれども、まだ眠るには少し早い気がする。眠る前に、SNSを眺めてから寝ようと思っていたので今すぐに寝るつもりは無かった。スマートフォンを片手に持って画面を眺めようとしたら、女の手によって己のスマートフォンは取り上げられてしまった。

「どうしたの」
「倫太郎が構ってくれないから没収」
「構って欲しいんだ」
「うん」

そう言って、女はしてやったり顔で己の顔を見ていた。己のスマートフォンは、女に取り上げられた後で、女のそばに置かれてしまったので手が届かないところにある。なので、SNSを今すぐに眺めることは諦めることにした。目の前で甘えてくる女の構い方を、己は実のところ、あまりよくわかっていない。女が勝手にくっついてきて、満足するまでそのままにしてやることしかやっていない。果たしてそれが、女に構っていることになるのかは未だよくわからずにいる。

「眠いんじゃないの」
「倫太郎が起きてるなら起きる」
「別に俺のことは気にしなくていいよ」
「倫太郎のことを気にしてるわけじゃない」
「じゃあ何」

女はムッとした顔で己の顔を見てきた。機嫌が悪いという訳ではないけれども、少しだけ己の反応が気に入らない時に見せるこの表情は、嫌いではないと思う。女は口先を尖らせて己の顔を見たのちに、口を開いた。

「倫太郎が起きてるからもう少し起きたいじゃダメなの」

女と己の間に、静寂が流れた。女の言葉に呆気に取られて何も言えなくなった己と、己の反応を伺う女のふたつのまなこが、己の顔を覗き込んできた。これ以上その顔で、その目で己のことを見てくれるなと思うけれども、女には関係のないことだろう。「なんで黙るの」そう、女がいよいよ口を開いた。その言葉に、頭を抱えてしまった。この女は知ってか知らずか、思わせぶりなことを平気で言ってくるのであるが、本人にその自覚がないことが大半である。きっと、今回も本人は無自覚なのだろう。己が起きているからまだ起きていたいなんて、可愛く甘えた言葉をこの女は平然と言ってのけたけれども、本人に甘えている自覚はあまりないのかもしれない。その言葉に喜ぶ己も己である。

「急にそういうこと言うから」
「どういうこと」
「なんで言わせようとするの」

そう女に言えば、女はしてやったり顔で己の顔を見ていた。今回は無自覚じゃなくて確信犯か、それに気づいた時には後の祭りである。この女の思わせぶりな態度に喜んでしまったということが目の前の女にはっきりと伝わってしまった後ではもう遅い。

「へへへ」
「その顔やめて」
2020-12-12