小説

十二月十日:アイロンがけに失敗した日の話

「倫太郎がアイロンかけてる」
「うん」
「いつもシャツ着ないじゃん、明日シャツ着る用事でもあるの?」
「まあそんなところ」
「倫太郎がシャツ着るときって写真撮るときくらいじゃない?」
「……うん」
「やっぱり写真撮るんだ」
「まあ、そう」
「そうなんだ、また雑誌に載るの?」
「教えてあげない」
「教えてくれたっていいじゃん」
「だって買うとか言い出すじゃん」
「電子でも紙でも買う」
「そう言うと思った」
「わたし、角名倫太郎選手のファンしてるから」
「しなくていいよ」
「したい。わたしも試合見に行って『倫太郎』って名前叫んで応援したい」
「はずかしいからしないで」
「いつもされてるのになんでわたしはダメなの」
「照れるから」
「ふうん」
「何その顔」
「倫太郎も照れたりするんだって思って」
「……」

「雑誌は買わなくていいよ」
「買いたい」
「献本で一冊来るから」
「じゃあわたしは電子で一冊買えばいいってこと?」
「本が来るから買わなくていいって言ってるの」
「でも買いたいから買うね」
「もう好きにして」
「今回は表紙?」
「ちがうよ」
「残念」
「詳しく聞いてないから知らないけど」
「じゃあ表紙かもしれないじゃん」
「違うと思う」
「もし表紙に載ることがあったら教えてよ」
「ないから大丈夫だよ」
「あるかもしれないじゃん」
「ないない」
「あったらいっぱい買うから」
「俺家に帰って自分の顔見るの嫌なんだけど」
「わたしはいつでも見ていたい」
「俺のことすごい好きみたいじゃん」
「大好き!」
「はいはい」

「倫太郎アイロンかけるのウマいね」
「アイロンかけるのにウマいも下手もあるの?」
「あるよ、服焼いたりするかもしれないじゃん」
「あー……」
「焼いたことあるの?」
「うん」
「……本当に焼く人いるんだ」
「高校生の時にさ」
「うん」
「制服がシャツだったんだけどアイロンかけるのに失敗して服焼いた」
「うわあ」
「親に凄い怒られたよ、制服いくらすると思ってるのって」
「制服高いもんね」
「クリーニング代ケチってブレザーにアイロンかけてテカテカにして怒られたこともある」
「倫太郎のお母さんの気持ちを考えると胸が痛い」
「結局身長伸びちゃったからもう一回ブレザー買い直しになったんだけどさ、さすがに次はクリーニングにちゃんとだした」
「えらいね」
「あの時凄い怒られたけど、俺も今ならその気持ちが分かる」
「アイロンかけるのもうまくなるわけだ」
「まあね」

「明日朝から着ていくの?」
「うん」
「倫太郎のシャツ見るの久しぶり」
「そう?」
「朝からシャツ着ていくのは久しぶりじゃない?」
「そうだね、だいたい向こうで着替えるから家じゃ着ないね」
「写真撮りたい」
「えー、いつでも見れるじゃん」
「わたしはいつでも見れないよ」
「今着る?」
「いいの?」
「冗談だよ、本気にしないで」
2020-12-10