小説

夢をかなえてあげない#2

「泉、新しいCD出したんだ」
「うわ、勝手に見ないでよ」
「ねえ、泉」
「ダメ」

 泉はケチだなあ、この会話何回してるの、となまえは口先を尖らせて言った。なまえの手元にあったのは、己らがつい最近出したばかりのユニットCDだった。Knightsのメンバーが、ユニット衣装ではなく、CDジャケットの撮影のために下された衣装を着ている。なまえは「みんな、大人っぽいね」と至極単純極まりない感想を述べた。なまえは「……やっぱりダメ?」とごねてきたけれど、それに対して当然のごとく「ダメ」と言えば彼女は大人しく引き下がった。なまえは、CDコンポを指先で突いたあとにわざとらしくため息をついていたが、その好意で絆されることはない。絶対に、だ。
 
「泉はやっぱり、何を着ててもかっこいいね」
「当たり前」
「自意識過剰」
「本当のことでしょ」

 このジャケットの撮影の時にこの壁の写真も撮ったの?そう、なまえは己に向かって言った。彼女が指さすのは、右の端の方にある一枚の写真だった。己らKnightsと転校生とが映っている写真だった。服を着て調整している時の写真もあるし、くまくんが衣装を着ている最中に寝かけてなるくんを枕にしようとして嫌そうな顔をしているなるくんの写真だってあった。なまえは、かさくんを指さして「ねえ、この子どんな子なの」と問うた。そうだ、彼女はかさくんを写真の上でしか知らないのだ。なまえは毎度、己らのことを程々に聞いた後に、写真でしか知らない人間の話を聞きたがる。「生意気なクソガキ」そう、至極簡単な答えを出したのを、なまえはキョトンとした顔で聞いたあとにくすくすと笑った。「……ほっとけない子だ」そう笑うのが気に障って「ウザい」と言えばなまえはさらに笑った。

「面倒見が良いのは泉のいいところだよ」
「……」
「口が悪いのは最低だけど」
「一言多い」

 彼女の興味の方向が、音楽から写真に戻ったのは己にとってはかなりが都合が良いことだった。なまえがいたくかさくんがお気に入りなのは何となく察していたけれど、理由を問えば、「泉を見てるみたいだから」と言った。

「俺を見てるみたいって何さ?」
「人一倍努力家なところとか」
なまえがかさくんの何を知ってるの」
「何もしらないよ。ただ、王さまだって、泉だって、なるくんだって……凛月くんは寝てるところしか見たことないからわからないけど、自分たちについてこれない人はすぐに切り捨てちゃうでしょ。それなのに下級生の彼が今までついてきているってことは、彼が人一倍努力してついてきているからでしょ」
「……」

 ねえ、違う?──なまえはしてやったりの顔をして己の顔を見ていた。己がどんな顔をしているか想像に易いが、なまえが「やった、あたり」と言って素直に喜んでいるのを見るのはなんだか少し癪に障った。なまえは、一年生のときのかさくんの写真と、二年生のときのかさくんの写真を交互に見て、「やっぱり、泉にそっくり」と言ってまた笑った。

「わたしは、彼を写真でしか知らないよ。でもね、泉が彼を大切にしていることは何となくわかるよ」
「生意気」
「泉は頑張り屋さんだから、頑張る子を見捨てられるほど冷淡じゃないもんね。一言多いし厭味ったらしいから誤解されがちだけど」
「一言余計」

 軽口を言うなまえは、己の顔を見て口を両手で覆い隠して「くわばら、くわばら」とわざとらしく言ってのけた。

「やっぱり、彼がKnightsのメンバーにひっぱりこんだのは泉だね」
「そうだよ……何となく、昔の王さまに似ていたから」
「そっか」

 泉は幸せ者だね、と言って笑う彼女の言葉の端に引っ掛かりを覚えたのが顔に出ていたのか、なまえは困ったように首をかしげて己の目を恐る恐るという表情で覗き込んできた。そして己から目をそらして部屋をぐるりと見回したあと、カレンダーを指さした。「八月はKnightsは毎年何もしないの?」と、なまえは言った。たしかに、八月の間の二週間以外は殆ど予定ですべて埋まっている。そのあとに小さなライブの予定だってあるのがすでに書き込まれている。なまえはカレンダーの八月の二週目から三週目にかけて、ポッカリと空欄ができているのを見てあからさまに落胆した表情を作った。

「もしこの時期にやるなら、泉の歌聞いてみたいなって思ったんだ」
「絶対に、なまえには聞かせてあげない」
「……うん」

 そうやってなまえが少しだけ悲しそうに笑うのに少しだけ胸がちくりと痛んだ。けれども、彼女の前で絶対に己の歌を聴かせる事だけは絶対にやりたくなかった。どんなに彼女がわがまま女王様であれ、それだけはなまえがいくらそれを望もうと、己の中ではもう譲れないものの一つとなっているのだから。

2020-03-22