小説

雑談

「何この集まり」
「来たな、性格が悪い奴その三」

土曜の昼下がり、防衛任務を終えて戻ったついでに、訓練室に足を運んでみれば、ロビーの片隅に小さな人の集まりが出来ているのが見えた。どうやら、タブレット一台を囲み、それを覗き込むようにして、三人が集まっている。王子と水上と、それからみょうじちゃんという、隊も違えばポジションも違う三人が顔を付き合わせているのがなんとも奇妙であった。暇つぶしがてら模擬戦でも見ていようと思ったけれど、模擬戦のことなど忘れてその奇妙な集まりの方に自然と足が向いてしまう。タブレットを見ていたみょうじちゃんが顔を上げて、俺の顔を見るなりそう言った。

「それ、みょうじちゃんは勿論カウントに入ってるよね?」
「入ってないよ」
「……ちなみにその一とその二は?」
「こちらでございます」
「成程」

性格が悪い奴その三。俺に向かって言われたのはその言葉であったけれど、俺からしてみればこの集まりの構成員全てが性格が悪い集まりのように思えて仕方が無い。採番が間違っているんじゃないか。王子も水上も、ランク戦では好敵手であり、盤面を上手く転がすことの手腕においては舌を巻くほどであるし、策を練ったり相手の動きを読むことに関しては光るものを持っている。みょうじちゃんはみょうじちゃんで、同じ銃手であり、味方を援護するときと、相手の足止めをするときの動きは見ていてもなかなか嫌な動き方をするので、相手にしようとするとなかなか厄介な人だと思う。みょうじちゃんの部隊はB級の中でも下位と中位を行き来しているから、ランク戦で当たったことは無いので、あくまで予想の中の話だが。

「で。これ、何の集まり?」

ただ性格が悪い奴らで集まってるわけじゃないんだよね、と問えば「失礼な奴やな〜」と水上がぼやいた。みょうじちゃんは「わたしは性格悪くないよ」と胸を張っていたけれど、それは王子に一蹴されてしまった。「良い性格してると思うよ、ぼくは」「それ褒めてる方?」「嫌な意味での方だよ」みょうじちゃんが俺の座るスペースを開けてくれたので、そこに座る。水上、王子、みょうじちゃん、そして俺の四人で一台のタブレットを覗き込む。画面に表示されていたのは少し前のみょうじちゃんの隊のランク戦の映像だった。

「これ、わたしのトリガーセット変更の相談会みたいなやつ」
「えっ、みょうじちゃん銃手やめるの?」
「いやいや。武器じゃなくて弾の方だよ」

わたしが銃手やめるわけないじゃん、とみょうじちゃんは言った。「弧月でもやるって言ったら俺、ちょっとびっくりするかも」そう言えば、みょうじちゃんは「攻撃手に転向するならまだ慣れてるスコーピオン使うよ」と言った。「まあでも、それもいいかもね。なんかかっこいいし」みょうじちゃんはそう冗談めかして続けた。

「でもそうなったら師匠探して弟子入りでもしないとだめかも」
「ほな、イコさん言うときますわ」
「恐れ多い」
「ほーん。イコさん顔怖いから遠慮しときますわ言われてんで、言うたらイコさん泣くで」
「顔が怖いまでは言ってない」

そういえばみょうじちゃんのトリガーセットにスコーピオンも入ってたっけ。そう問えば、みょうじちゃんは「犬飼のトリガーセットと殆ど変わらないよ」と答えた。みょうじちゃんのトリガーセットは突撃銃のアステロイドとハウンド、それから射手トリガーの方のハウンドとスコーピオン、それからグラスホッパーだっけ、そう確認がてらに問えば「そう」と返事が返ってきた。「なんや犬飼詳しいやんか」水上がそう横やりを入れてきた。「まあね」そりゃあそうだよ、同じ銃手としても、立ち回りも似たような動き方をしているんだからみょうじちゃんのことは一応見ている。

「照れるからあんまり見ないでよ」
みょうじちゃんを”そういう”目で見たこと無いよ」
「そういう目ってどういう目」
「やらしいわ」
「ムカつくなあ」

みょうじちゃんはカラカラと笑った。本題の話からどんどん逸れていく。「で、なんでまた弾変えるって話になってるの?」話を戻すために、みょうじちゃんにそう問うた。みょうじちゃんはタブレットを操作しながら口を開いた。「ほら、ウチ伸び悩んでて」表示された戦績を見れば成程、ここのところのランク戦はあまり点数が取れないどころか、点数を失うことが多く、B級の下位の中にすっかり埋もれてしまっている。

「点数取れてないんだ」
「そうなんだよ」
「あれ、でも前はこんなに凄い取れてない感じではなかったでしょ」

確かにまだ動きの中に穴はあるだろうけど、それでも中位くらいには滑り込めていたでしょ、と言えば「そう?」とみょうじちゃんは言った。タブレットを操作して、みょうじちゃんのところの最近のランク戦の動画を再生する。試合が動く中盤あたりまで飛ばして、画面を四人で見た。「ん?」「お?」「スミくんも気づいたね」最近やったばかりのランク戦の動画でのみょうじちゃんの動きは、彼女の所属する隊がエースに据えようとしている攻撃手のサポートではなく、何故か点数を取るための動きをしている。アステロイドでシールドを削って、割る。うまくシールドが割れれば点が取れる、そういう算段だろう。ただ、みょうじちゃんは弓場さんのように威力にトリオンを割いている訳ではないから、シールドを削るのに時間がかかっているし、削っている間に相手に逃げられるか、合流されてしまって一度引くという、みょうじちゃんにしては無駄の在りすぎる動きをしているように見える。たしかに、みょうじちゃんがもう少し威力に振っていれば取れた場面も全く無いとは言えないので、みょうじちゃんの言う”弾を変える”、というのはこの場合正しいのかもしれない。しかし。「なんでまたこんなことになってんの」そう問えば、王子もまた「それ、ぼくも聞いたよ」と言った。たしかに、俺も、みょうじちゃんも点数を取るための動きが全く出来ないワケではないトリガーセットではあるけれど、みょうじちゃんのトリガーセットであればどちらかと言うと攻撃手のサポートの動きの方が輝くように思えて仕方が無いし、なにより、みょうじちゃんの得意な動き方というのがサポートの動きなのだから、攻撃手のサポートに回るという動きをしない理由はどこにもないはずである。

「点数がなかなか取れないから、点取り二枚でやってみようよ、という話になってやってみている所なんだけれど、上手くいかないんだよね」

だから、トリガー セットを考え直さないとダメかもしれないって思ったんだよ、とみょうじちゃんは俺に言った。「へえ」そもそも、それがちょっと間違いなんじゃないの、とみょうじちゃんに言うと、みょうじちゃんは「犬飼もそう思う?」と問うた。つまり、すでにここに居る性格が悪い奴その一とその二がそこについては既に指摘済みだったのだろう。「うん」そう言えば、みょうじちゃんは「やっぱりそうかあ」と言った。もしかしたら、みょうじちゃん自体も言われる前から薄々気づいていたのかもしれない。

「ハウンドをバイパーに変えるべきかで悩んでたの」
「それ以前の問題や思いますけどね」
「そうかな?」
「変えるにしても射程詰めて威力に振る方なら分かるけどね。そもそもみょうじちゃんバイパー使えたっけ」
「……これから練習をする」
「選択としてバイパーも悪くないと思うけど、そもそもぼくは君が点取りの動きをすること自体あまり良くないと思うよ」
「俺も王子と同じかな。弾は変えないでいいと思う」
「銃手先輩もそう言うてんで」

慣れない弾を使うのもそうだし王子も言ったけど、そもそも俺はみょうじちゃんの動けるところを潰してまで点取りの動きをさせること自体余り良いと思わないな、と言った。みょうじちゃんは少し不思議そうな顔をしていた。「……犬飼に褒められるとは思わなかった」やっと口を開いたと思ったらそう、みょうじちゃんが言うので拍子抜けしてしまった。

「犬飼から見たらわたしはどう見えるの?」
「援護と妨害が嫌らしい。立ち回りは上位でもやっていけるレベルだと思う」
「なるほど」

みょうじちゃんは少し考え込むようなそぶりを見せた。

「サポートに回って二人で丁寧に点数を取ってた時の方が良かったんじゃないか。二兎追って見事に失敗してるように見えるよ」
「王子くんは辛辣だなあ」
「君が言っただろう、ぼくは性格が悪い奴その一だって」
「根に持ってる」
「王子がその一なん」
「その一が良ければ譲るよ」
「いらんわ」

なるほどねえ、とみょうじちゃんは言った。「みんながみんな揃ってそう言うならやっぱりそうかもしれないって思えてくるよ……」そう、みょうじちゃんは言った。

「うーん、やっぱり前の立ち回りに戻すように相談してみようかな」
「そうだね。ぼくもそっちをお勧めするよ」
「じゃあ、トリガーセットは変えないままの方がいいね」
「変えなくていいんじゃない。前の動きに戻すなら猶更」

みょうじちゃんはどこか納得したような顔をして、再生したままになっていたタブレットの動画を止めた。

「三人ともありがとう。トリガーセットは変えないで行くよ。やっぱり持つべきは性格の悪そうな友達その一とその二とその三だね」
「もっと感謝しいや」
「貴重な時間をわたくしめに割いていただきありがとうございます」
「ぼくは次のランク戦の結果で返してくれたらいいよ」
「王子くんは厳しいなあ」

そう言って、みょうじちゃんはカラカラと笑った。「じゃあ、俺も次のランク戦見ておく」そう言えば、「ほな俺もしっかり見とくわ」と水上も言い出した。「次のランク戦緊張して失敗したらどうしようって思うからハードル上げないでよ」とみょうじちゃんはしかめっ面で言った。「まあ、大丈夫じゃない?」少なくとも今のままよりは良くなると思うけど、と彼女に言うと、みょうじちゃんは「まあ、三人が言うならそうかもね」と言って笑っていた。



2020-03-21