小説

やさしい話

#夢主はモブと関係があり、この話はキャラとの恋愛の要素がびっくりするほど無いです

「あら、捕まっちゃった」
「ひどい」
「だってなまえちゃんの恋の話、実が無いうえに長いんだもの」

望ちゃんはたまに、辛辣な物言いをするときがあると思う。わたしの知る範囲では、わたし以上に辛辣な物言いをされているひとの姿をみたことが無い。「望ちゃんって、たまにひどいよね」「あらそう?」「……」「言い過ぎたかしら、ごめんなさい」元チームメイトで同じ射手の二宮くんとは、冗談めかした軽口を叩きあっている時も見るけれど、わたしの心のやわらかいところを刺すように、二宮くんに対して辛辣な物言いをしているところまでは、見たことがない。

「二宮くん、捕まらなかったの?」
「釈放した」
「あら」
「防衛だって」
「なら仕方ないわね」

ほんの数十分前まで、二宮くんが座っていた場所に、望ちゃんが座った。カウンターで買ってきただろう、コーヒーの紙カップをふたつ、テーブルの上に置いた。

「四〇〇円だっけ」
「三〇〇円よ」
「五〇〇円玉しかないや、おつりはいいよ」
「あらそう。じゃあ、その分お話に付き合おうかしら」

わたしよりも頭ひとつと少しは高いところにあったはずの彼の頭よりも、頭一つぶん程度低い位置に、目を細めて笑う望ちゃんの顔がある。「三輪くんは捕まえなかったの?」「三輪くん捕まえるならもうボーダーに行ってる」「そうね」「それに、さすがに三輪くんに年上のお姉さんの生々しい話ってできないでしょ……」「なまえちゃんも遠慮するのね」「ひどい」望ちゃんは、優雅に笑っているだけであった。時々、望ちゃんの柔らかな笑みの浮かぶ双眸が、テーブルの上に転がしたわたしのスマートフォンの方へと注がれる。それは、うんともすんとも言わなければ、画面があかるくなることもない。望ちゃんは、わたしのすこしもおしゃべりをしないスマートフォンと、わたしとを交互に見たあとに、「別れたのね」と言った。「うん」よくわかったね、と聞く必要はなかった。わたしの好きになる男の子という男の子は、初めのうちはやたらとマメに連絡を取りたがる人が多いのと、わたしが頻繁に連絡を取っているせいで、わたしに男がいるときはずっと、わたしのスマートフォンは通知だけで充電のすべてを食ってしまうのではないかと思うほどには、ずっと通知が来ていたし、それに伴い画面も明るく光っているのが常であった。自分自身のことであるにも関わらず、男が途切れているのかどうかがわかりやすすぎるのもどうかと思う。

「静かね」
「……うん」
「あら、さみしい?」
「うん」
「そう」

知っているわ、と望ちゃんは言った。そして、「なまえちゃんはどうしていつもさみしいのかしら」と問うた。これは、わたしがこうして、ならないスマートフォンを目の前にして途方に暮れているわたしをみるたびに、望ちゃんはわたしに問うのだ。わたしはそれに対して、決まって、「わからない」と返していた。ただ、漠然と、誰ともつながりが無いところに放り出されたような、焦燥を伴うさみしさがそこに在るだけで、いったい、なにがどうしてわたしの心にひゅうひゅうと音が鳴るようにさみしくさせてしまっているのかさえ分からない。ただ、彼氏と言われるような人が居る間であれば、すくなくとも、わたしの思う好きな人のことをずっと考えている時と、彼氏がわたしに構っているときだけは、この胸のなかで鳴るひゅうひゅうという音は聞こえなかった。この音は一体、どうして出てきているのか、わたしをどうしてこうもさみしい思いをさせてくるのかは全く分からなかった。わたしには、音の出どころの心当たりが一切ないのにもかかわらず、この音はわたしのことをこうも悩ませるのである。

「……やっぱり、わからない」
「そうなの」
「うん」
「二宮くんは何て?」

望ちゃんはわたしにそう、問うた。

「恋人がいなくなったら、さみしいんだよって言ったら、『俺は寂しくない』って」
「……二宮くんらしいわね」
「二宮くんはなんでひとりでもさみしくないんだろ、わたしはこんなに寂しいのに」

「でも、二宮くんって優しいよね」そう望ちゃんに言うと、望ちゃんは「そうね」と言った。「変なこと言った?」「いいえ」望ちゃんは口元に笑みを浮かべて、わたしの顔を見ていた。望ちゃんの目元が少しばかり、固く見えたのはたぶん、気のせいではないと思う。面倒と言いつつも、望ちゃんはわたしの話に結構な回数付き合ってくれているのであるが、その回数が片手で数えられなくなる程度になるころにうすうすと気づいた望ちゃんの本心と、口で言う言葉とが違うときに望ちゃんが出す、わかりにくい尾の端であった。

「絶対、そう思ってないでしょ」
「ええ。分かる?」

素直に頷くと、望ちゃんは「よく気づくわね」と関心したそぶりを見せて言った。その言葉が、望ちゃんの本心からでているものなのか、あの一瞬、少しばかり固く見えた目元は、わたしにそれを気づかせるための、故意の振る舞いだったのか、それとも素であったのかと問われてしまえば、そこまでは未だわたしには判断がつかない。望ちゃんの顔をぼんやり見ていると、望ちゃんは席を立った。「もう行っちゃうの?」「ええ」望ちゃんは、すっかり空になってしまった紙のカップを持ち、ついでに、わたしのぶんのカップまで持ち、空になった望ちゃんのカップに重ねた。底にもう少し入っていたような気もしたが、すっかり冷めてしまっただろうそれを飲む気にはなれなかった。そして、それを望ちゃんもよく知っていた。

「二〇〇円ぶん、もう充分付き合ったでしょう」

そう言われてしまえばもう、何も言えないのである。相変わらず、テーブルの上のスマートフォンの鳴る気配は無い。望ちゃんは、「じゃあ、次はなまえちゃんのさみしさが何かわかったら呼んでちょうだい」と言った。

「望ちゃんは一緒に探してくれたりしないの?」
「どうして寂しいかを?随分甘えんぼさんね。でもごめんなさい、それはなまえちゃんが探すものだから、私には手伝えないわ」

望ちゃんは、不敵な笑みを浮かべてそう言った。望ちゃんの目元はやわらかく、うつくしい弧を描いている。その言葉にはほんの偽りもきっと、無いのだと思う。テーブルの上にだらしなく頭をつけて、望ちゃんの顔を見上げるわたしの髪を、望ちゃんの細い指先が梳いた。

「私は二宮くんと違って非情に成れるもの」
「そうかなあ」
「ええ。私は行くわ」

望ちゃんは、わたしの頭をひと撫でして、今度こそ振り返ること無く行ってしまった。望ちゃんの、明るい色の髪の毛が揺れる後姿が、カフェテリアから外へと消えてゆくのを、わたしはただじっと見ていた。わたしは、すっかりテーブルの上に転がされたままのスマートフォンで望ちゃんに話を聞いてくれたことと、ごみを捨ててくれたことのお礼のメッセージを打ったが、望ちゃんから読了の通知は来れど、わたしのスマートフォンの画面を光らせることもなければ、通知のポップアップを寄越すことも無かった。
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