小説

愛情の話

#夢主はモブと関係があり、この話はキャラとの恋愛の要素がびっくりするほど無いです


 蝉の鳴き声が喧しくなってきたころ、己の今期の期末試験は終了した。二週間ほどの期間で行われる期末試験期間の頭の、前半の一週間で終わってしまった。再履修科目のある人や選択科目が異なる同級生は後半まで試験が詰まっているのだと言って未だ、試験勉強から解放されないのだとぼやいていたことを思い出す。防衛任務のシフトまで未だ時間が空いているからと、大学の構内のカフェテリアでコーヒーを飲みつつ、後期取らなければならない科目のことや、今回の試験の具合から大体、あと何単位必要かを考えていた。試験期間のカフェテリアは、試験と試験の合間の時間を潰すために訪れている学生たちの姿で程よく賑わっているが、人の数は疎らである。昼のカフェテリアよりは随分と人が居ないが、講義が行われている最中の時間よりは、人の数が多かった。「アッ、二宮くん」聞き覚えのある声と、見知ったおんなのすがたに、自然とため息が出そうになった。

 先ず、このおんなの顔を見る時というのは、大きく分けて三つの理由がある。一つは、ボーダーの任務で顔を合わせるとき。これは、自分から機会を設けずとも、本部のシフトの都合上発生する問題であり、己の関与するところではない。二つ。これは、大学で顔を合わせる時である。進学先が同じ学科だったために発生した悲劇ともいうもので、これもまた、この授業を履修し、かつ、単位を取らなければ学位の取得が困難となるため、これもまた、不可抗力である。そして、三つ。これが、このおんなの顔を見ることになる理由三種の中で最も、己が回避しようと思えばできるものであるのにもかかわらず、残念ながらうまいこと回避できていないものである。

 カフェテリアの中でやたらと通る声でと叫んでこちらにまっすぐやってくるおんなのせいで、周りの視線がこちら側に一斉に注がれ、また、自然と元に戻って行った。なんとも居心地が悪い。「二宮くん、ちょうどいいところに」「こっちに来るなよ」「わたしと二宮くんの仲でしょ」「お前みたいな奴は俺の知り合いには居ない」己が何を言おうが、このおんなに通じたためしがない。おんなは、座っている二人掛けの席の、己が座っていない方の空き席に座った。

「俺が人と待ち合わせをしているとか、考えないのか」
「わたしを待っていてくれたんでしょう」
「待っていない」

ひどいこといわないでよ、とみょうじは続けて笑った。己に、飲み物を買ってくるから荷物見ててよ、と言ってドリンクカウンターの方へと歩いてゆく後姿を見ながらため息をついた。暫く、みょうじは飲み物を持って、己の居る所へと戻ってくるなり口を開いた。

「ねえ、二宮くんはさあ、恋したことある?」
「……」
「黙ってないでなんか言ってよ」
「帰る」
「今日はわたしの話聞くって言った」
「俺は言っていない」

このおんなの顔を見ることになる理由三種のうちのさいごの一つ、それは、このおんながたいそう好いている異性の話をするときである。この、三つ目の話題の時に話される男の話というものは、常に同じ男の話をしていたためしが一度も無かった。「アイツさあ」このおんなが言う『アイツ』というのは、今付き合っている彼氏、このおんなを好いているたいそう趣味の悪い男のことなのだろうが、それが誰であるのかは全く分からない。

「主語が分からん」
「……二宮くんとばったり会ったときに一緒に居た人」
「覚えていない」

このおんなが連れていた男、かつ、己が顔を知っている男の数は、思い出せる範囲だけでも結構な人数が思い当たる。言ってしまえば、会うたびに連れている男が違うと言っても間違いではない。少なくとも、ボーダーの人間でないことくらいしか、己には分からないため、余計に誰が誰かなぞ知りようもない。かといって、名前を言われたところで、このおんなにもそう、興味があるという訳でもないのだから、男の名前なぞ覚えている訳もない。「二宮くんって結構忘れっぽい?」おんなは己の顔を心底軽蔑するよな表情を浮かべて、己に向って舐めた口を利くのが不愉快だった。自然と口から出たため息に、もうこのおんなと話していても埒が明かぬと荷物を持って席を立ったときに、己の服の裾を握られてしまい、身動きが取れなくなってしまった。

「服が伸びる」
「二宮くんが逃げないっていうなら離す」
「……」
「早く言って」
「……」
「言えよ」
「……それが人に物を頼む態度か?」

渋々、荷物を元の場所に置けば、おんなは「やったー!」と言って服の裾から手を放したので席に座った。

「そういう話が好きそうな奴にでも話せよ」
「望ちゃんはわたしの恋の話は長いから『二宮くんか三輪くんにでも聞いてもらいなさい』って言うんだよ。さすがに三輪くんに年上のお姉さんの生々しい話ってできないからさあ」
「加古に面倒ごとを俺に押し付けるなと言っておけ」
「なに、わたし、面倒?」
「本気で言っているのか?」

そう言えば、みょうじはむくれて机に突っ伏してしまった。「話すなら早くしろ、今日は防衛任務がある」結局のところ、こうして話を聞いてしまうあたり、自分自身もこのおんなに対して、甘いのだ。「アイツと、別れ話になってさあ」みょうじは、自分で買ってきた飲み物のストローに口をつけて吸っていた。飲み物がもうあまり入っていないのか、ズゴゴ、とストローから上品とは言えないような音が響いている。

「アイツ、わたしに『思ったのと違うから』っていうんだよ。ひどいよね。ほら、わたしボーダーの防衛とか行くからさあ、デートも頻繁にできるわけじゃないからって、一生懸命連絡とったりしてたんだけど、それがダメだったみたい。わたし、もっと面倒じゃない子だと思ってたんだって。ねえ、二宮くんはわたしのことどう思う?」
「面倒」
「今はそういうキツイ言葉を聞きたくない。もっと優しい言葉が欲しい」
「……」
「ねえ、優しくして」
「そういうことなら余計に俺は不適だろ、そういうのが得意な奴に頼めよ」
「……さみしい」

おんなはそう言った。「だろうな」「なんで知ってるの」おまえが己の目の前に来て、男の話をするたびにそう言っているからだ、とは言わなかった。「さみしい」このおんなは、たいそう好いているらしい男と付き合いだした時も、別れた時も、同じことを言う。

「二宮くんってなんでそんなにドライなの」
「俺にはお前がまったく分からない」
「二宮くんが恋したこと無いからだよ」
「……好きだったんじゃないのか」
「うん?」
「あの男を」
「うーん……どうだろう……」

このおんなに失礼なことを言われていたとしても、もう、それに対してまじめに返す気は無かった。己にとっては、顔も、名前も思い出せぬ男のことであるが、その男への感情を、おんなに問うたが、このおんなの口からは特に、これと言ったものは出てこなかった。これもまた、このおんなの別れ話のことでいえば、いつもの通りのことである。好きな男というものと別れてこうしてへこんでいるように見えるのも、ただ、さみしさを埋める相手が居なくなったことを嘆いているだけのことである。

「恋したらさあ、失った後の気持ちがよくわかるよ」

好きな男に嫌われてしまったこと、もう付き合いきれないと思われたことについては一切、頭が回っていないどころか、それ自体はすでにもう、このおんなにとってはどうでもいい話になっているに違いない。このおんなの愛情とやらを否定するつもりも、本人に言うほどお人よしでもないが、ただ単純に、一人でいるとさみしいからという理由で、そのさみしさを我慢することができないから、そのさみしさを埋めるためにこのおんなは男に縋っているだけである。ただ、このおんながそれに対して無自覚でいるだけのことであった。「お前はただ、さみしさに耐えられないだけだろう」そう、このおんなの言う愛や恋というものについて、さみしいことに耐えられないだけのことを愛や恋だと思い込んでいるのだと鼻で笑ってしまえば、もう二度とこんな面倒ごとなぞに関わることが無くなってしまうのだろうに、何故だかそれを未だに出来ないでいる。
0000-00-00