小説

葬列のゆめ

#自殺とかそういう話が入っているので苦手な人は気を付けてください。高校生設定の話です。

「こんなところで何をしている」
「見てわからない?昼間の学校の屋上から飛び降りようとしてたんだよ」
「死にたいのか」
「そうかも」
「なぜ」
「生にしがみつくほどわたしに価値があるとは到底思えないし、何より生きていただけでは欲しいものが手に入らないからだよ」
「死んだら手に入るのか?」
「わからないけど、たぶん」
「そんな大層なものが欲しいのか」
「わたしを見る人の目と、やさしい言葉。欲を言えば……あとはわたしをこの世にしばりつけてくれるような愛の言葉があればいいな」
「欲張りだな」
「そうだよ、わたしは欲張りなんだよ」
「精々死ぬなら死ぬ前に下をしっかり見ろよ。通ってるだけでお前の自殺に巻き込まれたんじゃたまらんからな」
「そのつもりだよ……予鈴鳴ったよ。戻らなくていいの?」
「知ってるなら早く戻れよ」
「きみが先に戻ればいいじゃん。わたし、保健室登校だからゆっくりでいいの」
「お前が戻れば戻る。迷惑だから早く戻れ」
「だいたい、わたしの何が君に迷惑をかけてるって言うのさ」
「ここのドアを閉めるのが俺だからだ。早くしろ。お前が貰う最後の言葉が優しい言葉でなく恨み言になってもいいなら好きにしたらいい」
「わかった、わかったから」

:

「昨日の今日でお前は懲りないな」
「きみも、こんなところに来るなんてわたしに会いに来てくれてるの?」
「自意識過剰もほどほどにしろよ、俺の行く先にお前が居ただけだろ」
「酷いなあ」
「なんでこんなところではた迷惑なことをしようとするんだ」
「目立ちたいからだよ」
「だからって学校でか?」
「一番目立つじゃん。ほら、年若い女の子が死んだら新聞とかに取り上げてもらえるでしょう。少し目立つ感じで」
「お前が埋められるのは精々お悔やみ欄の一行だろ」
「ええ、うそでしょ」
「自分の生を無価値だと思っている人間が何故死後に評価されると思うんだ。図々しいと思わないのか」
「そう言われたら確かにって思っちゃうな」
「だいたい、それならもっと目立つところに行けばいいだろ。こんなところでなく」
「きみ、知らないと思うけど高層のデパートとかは落下防止用の柵やら網やらあって死のうとしてもなかなか死ねないようになってるんだよ。だから『デパート飛び降りお目立ち女子』には成れないんだよ」
「知らないな、だいたい俺は自分から死のうと思わん」
「わたしみたいな死にたがり見たいな奴から見れば、きみは死ぬことから一番遠そうな顔してるよ。自分に自信があって、しっかり立ってるって感じだもん」
「だろうな」
「自信満々かよ」
「早くしろ、鍵が閉めれん」
「……きみはなんでわたしの邪魔をするんだ」
「逆だろ。お前が俺の邪魔になってる。勘違いするなよ」
「わかった、もう戻るから」

:

「今日も来るんだろうなって、ちょっと思ってた」
「死ぬのを邪魔する奴のことを心待ちにしていたのか?」
「邪魔してる自覚あったんだ。きみ、わたしの邪魔ばっかりするくせにこういうときはひん曲がったようなこと言うよね」
「勘違いするなよ。逆だ、お前が俺の邪魔をしているんだろ」
「それも聞いた」
「なら何度も言わせるな」
「……死んだ後にさあ、ソーシャルネットワークサービスとかでわたしの死体がネットに流れていくと思ったら、もっときれいな死体になる方が良いんじゃないかって思うんだけど、どう?」
「死んだあとの状態なんざ自分で見れないのに気にする必要あるのか?」
「若くして死ぬなら精々綺麗に死にたいと思わない?息の根が止まるときに人のカメラのレンズがこちらに向けられているのを見ながら死ぬことになるって思ったらさあ、そう思っちゃって」
「俺は自分が死んだとしても死ぬ瞬間を見られたいとは思わん」
「きみ、目立つことあんまり好きじゃなさそうだもんね」
「ものによるだろ。名誉なことであれば悪くないが、不名誉なことであるならだれにも知られたくないだろ」
「わたしが死のうとする理由はきみにとっては不名誉なこと?」
「不名誉だな。手に入るかもわからないものが手に入るかも知れないから死にますじゃ、格好がつかないだろ」
「ふうん、きみはそうなんだ」
「俺がそう思うというだけの話だ。他人がどうかは知らん。もちろん、お前がどうかも知らんが」

:

「懲りないな」
「それはきみもでしょ。雨降ってるのに良くこんなところに来ようと思ったね」
「雨降っても鍵を勝手に開けるやつがいるからな」
「鍵交換したらいいのに」
「教師に言え。『飛び降り自殺志願者の私が勝手に鍵を開けるから、鍵を変えてくれ』と言えば鍵を慌てて変えるだろ」
「意地悪だな、きみ」
「今更だろ」
「なに、傘入れてくれるの?これから死のうとする人を?」
「自分の今までの行動を振り返ってそう言っているならお前の頭は随分とお目出度いな」
「意地悪」
「どうとでも言え」
「話変わるけどさ……死ぬのって、痛いと思う?」
「俺は死んだことが無いから知らん」
「わたしも未だ死んだことないから聞いてるんだよ」
「お前には俺が死人にでも見えるのか?」
「そうまでは言ってないでしょ。でも、わたしと同じ人間とは思えないから、若しかしたら知ってるかもしれないと思って聞いただけ」
「コンクリートに叩きつけられて死ぬのであれば死ぬほど痛いだろうな」
「そうだよね。なんかこう、痛みを感じない方法ってあると思う?」
「お前の欲しがったものはその痛みを代価にしてまで手に入れたいものなんだろう。対価に見合わないと思うなら辞めればいいだろ」
「……うん」

:

「無様だな」
「第一声がそれかよ。なんで来たの」
「ソーシャルネットワークサービスどころかネットニュースに欠片も取り上げられなかった哀れな女の顔を見に」
「もっと優しいことばを掛けられないわけ」
「何故お前の望むものを遣ると思うんだ」
「そういうやつだったよ、きみは」
「具合はどうだ」
「落ちた場所が木の上だったから骨折だけ。あと一か月くらい入院することになりそうだけど」
「コンクリートの方は選ばなかったのか」
「いつも見下ろしていた方はその日に限って人の流れが途切れなかったんだよ」
「文化祭の準備をしていたからだろうな」
「だからきみも来なかったんだ」
「俺は何時もお前に構ってるほど暇じゃない」
「ダメだったよ」
「見ればわかる」
「なんでわたし、こうなっちゃったんだろう」
「欲しいものは結局手に入ったのか?」
「ううん、何も。痛いのはわたしなのに、わたしよりも痛そうな顔は見たけど、それだけかな」
「だろうな。それで、お前はまた死のうとするのか?」
「欲しいものが手に入らないのにやる意味なんて無いよ。それに、結構痛いんだよこれ」
「死ぬほど痛いと言っただろ」
「ここまで痛いとは言ってなかった」
「想像力が無さすぎる」
「帰るの?」
「これ以上俺がここに居て何が出来る」
「入院、思った以上に詰まらないんだよ」
「俺で暇つぶしをしようとするな。別の奴を呼べ」
「来ないよ。そんな人、居たらこんなもののために飛び降りようなんて初めからしないよ」
「……帰らないから安静にしろ。動こうとするな」
「きみ、現世にしばりつけておいてくれる言葉も、やさしい言葉も掛けてくれないのに病院のベッドにしばりつけるための言葉は言うんだね。早々に見捨てて帰りそうに見えるのに……実はいい人?」
「お前は俺のことをなんだと思っていたんだ」
「知らないよ……だってわたし、きみのこと何も知らないんだよ。屋上で死のうとするたびに邪魔してくる同じ学校の子ってこと以外、何も。名前だって知らないし、きみのクラスも知らない」
「俺もお前みたいな馬鹿な奴のことなんざ知らん。少なくとも今は必要ないだろ」
「やさしいのか意地悪なのかわからないなあ」

:

「二宮くん、いつもありがとう」
「いえ。担任の先生からのプリントはここに置いておきます」
「三年の教室から保健室は遠いでしょう」
「教室、ここから一番遠いところにありますからね」
「そうね、もっと近ければ気軽にお願い出来るのだけれど。今日もみょうじさん、ちょっと席外してるのよ」
「いつもタイミングが合いませんね。みょうじさんも、俺のことを知らないでしょうからいきなり対面しても驚くかもしれないので、会わない方が良いのかもしれないですよ」
「そうかしら……ごめんなさい、こういう話をしたばっかりだけど、職員会議でちょっと行かなきゃ。私居ないけど、大丈夫?」
「俺は大丈夫です」
「それじゃあ、しばらくよろしくお願いします。みょうじさんが戻ってきたら、下校して良いことを伝えて、ここは鍵を閉めないでそのまま帰ってしまって構わないから」
「はい」
「先生戻りま……なんで居るの」
「お前、退院したのか」
「うん」
「おめでとう」
「ありがとう……で、きみは誰?」
「二宮」
「いつもプリント持ってきてくれる人はきみ?」
「お前が俺の隣の一年近く人が座ったところを見たことが無い席のみょうじなら、そうだろうな」
「意地悪」
「俺だって屋上から飛び降りようとする馬鹿が隣の席の人間だとは思わなかった」
「わたしも自分の教室の隣の席がきみとは知らなかった。知ってると思うけど……屋上は封鎖されたよ」
「当然そうなるだろうな」
「ねえ、屋上が無くなったらもう、わたしと話してくれなくなる?……なんでそんな哀れみの目で見るの」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがお前は死んでも馬鹿なんだな」
「ギリギリ生きてるよ」
「言葉の綾だろ」
「見苦しい言い訳しないでよ」
「俺は、お前にやさしい言葉なんざかけるつもりはない」
「……」
「人の話は最後まで聞けよ。お前が話したい時に話しかければいいだろ、俺は話しかけてくるなと言った覚えはない」
「ふうん」
「その半笑いの見苦しい顔をやめろ」
「ふふ、いいの。いやね、そういう意地悪なのもちょっと良いなって思っただけ。……ねえ、そういう呆れた顔してわたしのこと見るのやめてよ。素直じゃないんだから」
「うるせえ」
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