小説

海鳴り

 この場所は、やけに似ている。わたしが生まれてから一番長い時間を過ごした土地に、わたしが帰りたいと願ってやまなかった場所に。月光を砕いた水面が、海鳴りの声とともに浜辺に打ち寄せるすがたを、水平線をたどった先、わたしの居る場所の彼岸には灯台の明かりが規則的な明滅を繰り返しているさまを、わたしはぼうっと見ていた。夜の海べりというものはひどく静かなものである。わたしの視力で見える範囲に、人の姿はなかった。聞こえる音も、わたしという一人の放浪人の立てる音と、打ち寄せる波の音ばかりである。

 装置の実験はどうやら成功したらしい。わたしの持っていたトリガーは正常に動作しているが、ビーコンはわたしと共に転送される途中で壊れてしまったのか、故障を通知するランプが弱弱しい赤い光を湛えていた。このビーコンにあるハードキーを押したところで、きっとこれでは全くと言っていいほど役に立たないだろう。向こうの国の人たちはもしかしたら実験に失敗したのだと思っているのかもしれぬが、あの国から離れた今のわたしにあちらの国の事情なぞどうでもよかった。居場所が知れた後に起きることなど小さな子どもでもわかることだ。今、わたしの居るこの場所に戦火を持ち込む必要もあるまい。ビーコンを弧月で真っ二つにした後に、くらい海へと残骸を放り投げた。残骸を食らう水音は、気持ちが良いほどよく響いた。もう、あの機械は二度と人の目に触れることもなく、海の底で永遠に眠るのだろう。

 わたしという人間が転送されたときに当然、門が開いたはずであるが、この国からわたしに向けての刺客が送られてくる様子はない。わたしは、自分の今いる場所から、目に見えない遠くのことを思いながら、あたりに意識を集中させる。わたしの脳みその中に描かれる造形が一つ、二つと増え、地形図と、体温を持つ動物が点として描画されてゆく。わたし以外に体温を持つ動物の気配はあれど、差し向けられた人間であればもう少し統率の取れた動きを見せるはずである。それならばこのあたりで生活をしている生き物の気配だと判断するのが妥当だろう。完全に無人の場所に放り出されなかっただけマシか。もしかしたら、他の惑星から侵攻されたことのない国だったのかもしれぬが、それならばそれはそれで好都合であった。戦いが無い国であれば、わたしも無用の戦いを避けることができるのだから損なことは一つもない。あとは、旅人のふりをして国の中にうまく溶け込んでしまえば良いだけの話である。

 わたしは、ようやく帰ってこれたのだ。それを確信したのは、朝のテレビ番組を見た時であった。わたしのよく知る国、よく知るエリアの地図が全国ニュースとして放送されているのを知った時であった。まさか、わたしがほかの星から来たとは思っていない人らにそれを話すことができるわけもなく、わたしは液晶画面を食い入るように見つめることしかできなかった。
 海べりでひとり、途方に暮れていたわたしを見つけ、わたしの嘘と脚色で塗り固められたかわいそうな身の上話を真摯に受け取った老夫婦と出会えたのは運が良かった。「行方不明になった両親を探しているんです。その途中で財布も何もかもなくしてしまって……」そう彼らに言ったときに、「もし両親を探すのであれば町のほうに行ってみると手がかりがあるかもしれないよ。都市部ならば仕事もある」と老夫婦はそう言った。路銀をもたぬわたしに、市街地に出るまでの足の分と、数日ぶんの生活費を渡してくれたのは非常に申し訳なかったが、それを断れるほどわたしに余裕があるわけもなく、それに今回は素直に甘えた。代わりの洋服のないわたしに、白いワンピースと、つばの広い白い帽子をわたしへ着せた老婆は「それも持っていって」と言った。若い時に買って着ないまま十数年と過ぎてしまったのだと言っていたが、定期的によく手入れされているようで、この洋服をどれほどまでに大事にしているものであったのかというものは素人目でもよくわかった。あいにく、この洋服に似合いそうなきれいな靴を持っていなかったので、白いワンピースにつばの大きな白い帽子、そしてミリタリーブーツという一見不格好な服装になってしまうのは申し訳なかったが、老婆は良く似合っているとわたしをほめてくださった。
 身ひとつ以外何も持たぬわたしという身寄りのない人間のことを訝しむでもなく、一晩の宿泊を受け入れてくれたのは、わたしと同じくらいの年の孫とわたしが重なってしまったからだと彼らは言った。詳しく聞くことはしなかったが、もしかしたら、彼らの言う孫というものが存命でないのかも知れぬ。しかしながら、それを深く追求することは避けた。他人の感情というものを必要以上に背負うことは、できるだけ避けたかった。人と人の間をうまく渡り歩こうとするときに、他人の重さを背負うことがこれ以上ないほどの負担になることは、わたしの生きてきた長くはない期間の中で教訓となって染みついていることの一つである。人の弱いところに漬け込むようで気分は決して良いものではないが、そのようにするのがわたしの生き方になりつつあった。わたしの生活がある程度落ち着いたら、お金を返しに行こうとこの場所を覚えて、わたしは老夫婦の家を後にした。彼らは、市街地のほうへと向かうバス停に向かうわたしを、バス停まで見届けようとしてくれたが、さすがにそれは遠慮した。彼らと過ごす期間が長くなくてよかったと、失礼ながらそう思った。これ以上彼らといればまた別れが苦しくなってしまうだろうから。
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