小説

おひとりさま

「然様なら」そう、わたしを止める彼らの手を突き放したのは、わたしが十五のころのことである。
 隊の殿を務めること自体に恐ろしさが何もなかったと言えばそれは嘘になる。ただ、わたし以外の人間をあの場所で失う訳にはいかなかった。わたしを駆り立てたのは、ただそれだけの理由であった。わたしには両親もいなければ、血縁者もいない。彼らはとうの昔にわたしの前から姿を消していた。彼らが、わたしに言葉ひとつ残さずに姿を消してしまったのは、未だ公にされていない近界民の人さらいの仕業であるということを知ったのは、わたしが"組織"に身を置くようになってからである。故に、わたしの身の上はひどく都合がよかった。わたしという人間がもし、任務に失敗してわたしの生活の拠点としていた場所に帰ることができずに近界の知らぬ土地に死体を野ざらしにしてしまうことになろうが、彼らが心を痛めて遺族に頭を下げに行く必要など何もないからだ。まだ、家族も血縁者も多くいる彼らが殿を務めるよりはずっと、心のほうの都合も良い。

 敵国の捕虜となり、戦力を評価されたおかげか命を失うことがなかったわたしは、敵国でも同じようなことを延々と繰り返している。敵国の戦力として、また別の惑星へと往き、同じように殿を務めては、別の国に残留する。わたしが生きるために繰り返してきたことであった。自国の人間でない彼らにもわたしの元居た場所の人たちのように家族がいて、血縁者がいて、愛する人が居た。そんな彼らがそもそも、自分の敵であった人間が殿を務めようとすることに対して否ということなどあるわけがなかった。彼らも、もう二度と自国に戻れない賭けをするくらいであれば、捨て去っても問題がない外部の人間を放り出した方が都合が良いに決まっている。自分が乗ってきた船が、門の向こうに消えるのを眺めてはあの船が無事に国へと戻れますようにと祈る。もう二度と、顔を見ることはないだろう人を想うほどにばかばかしいことはないのであるが、それはあくまで自分の自己満足である。わたしは他人が羨むくらいには悪運が強いと思う。あの日、わたしが自国の船を飛び出しす時に悠一はわたしが死ぬという予知はしていなかった。だから、死ぬことはないのだろうという驕りがあったのもまた、事実であった。しかしながら、こう事が上手く運び続けているのもまた不気味なものである。

 五年──わたしが異国から異国へ、敵国から敵国への放浪を繰り返しているうちに経過した時間のことである。正しくは、五年には満たない月日なのだろうが、ほぼ五年と変わりないだろう。十五のころに仲間と別れたわたしは、二十になっていた。国を渡るたびに得たものは、人間と戦うための術であり、たぶん、人を守るための術ではないのだろう。元々得ていた弧月を使った剣技だけでなく、自分の肉体だけで他人の肉体の急所という急所を的確に攻撃するための技と、トリオンを弾丸にした銃の使い方であった。銃の、人の急所を攻撃するときに自分の手先に他人の感覚が肉体に残らないということは心地が良かったが、それも人の命を奪うまでの束の間のことで、一度人の命をそれで絶命させてしまえばもう、自分の意思だけで引き金を引くことは難しくなった。
 わたしが現在捕虜として扱われている国の科学技術は未だ、発展途上らしい。この国の人間たちは、トリオンのことをほんの僅か知っているだけで、わたしのトリオン体も、トリガーのことも、よく知らぬようであった。当然、星から星、国から国へと転移するための装置もなく、他国から侵攻されることはあれど自国から侵略に出かけることは無いような貧しい国であった。今までのわたしの生き方で行けば、もう二度と別の国へと出ることは無く、寿命が尽きるまで捕虜としてここに居ることになるのかもしれぬともう二度と踏めぬ国の土のことを思っていた矢先の出来事であった。どうやら、わたしは相当運が良いらしい。貧しく技術のないと思われた国が漸く、転移装置の開発と実装まで行ったのだという。まさか、試験に自国の人間を使えるわけもなく、お呼びがかかったのは捕虜のわたしであった。当然のことである。わたしとしてはこの実験が失敗してこの国にとどまるも、知らぬ他国に転送されるも、どちらでもよかった。少なくとも、この場所で何もせずにいれば確実に身動きが取れないのだから、少しでも動くための理由があるのであればそれ以上に都合の良いことはない。装置の中で死ぬのはごめんだからとトリオン体に換装することを許され、持たされたビーコンを携えて装置の中へと入る。トリオン体になった途端に、この部屋の出入口の場所と、人間たちの急所に自然と目が動いてしまったことに自嘲的な笑みが浮かんだ。この国から別の場所へと飛ばされた場所が、適当な国であれば良いと思う。もっと良ければ、自分の居た場所であれば良いが、そこまでは望みすぎだろうか。もし、運よく戻れたとしても、彼らはわたしのことを覚えていないかもしれない。これからどうなるかも分からぬものを今一生懸命考えても意味がないだろうとわたしは考えるのを止め、装置の起動音を聞きながら目を閉じた。
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