小説

別れた

 なまえがヘタクソなクリスマスソングを歌っている。己らきょうだいか、なまえの家のリビングに集まって、こうしてクリスマスをするのは今よりずっと小さいころから続いていて、なまえの家の人と己らの家の人とで集まってクリスマスパーティーをすることが恒例行事になっていた。それが、高校二年生の冬にも行われただけのことである。今年の集合場所は、己らきょうだいの家のリビングになった。クリスマスのごちそうを己らの家で準備し、クリスマスのホールケーキを持ったなまえが家にやってきて、クリスマスパーティーが始まる。ふたつの家族がそろって食事をした後で、大人たちは近場の居酒屋に一杯ひっかけに行くと言っていなくなってしまったため、この家に残っているのは己らきょうだいとなまえと、まだ誰も手を付けていないクリスマスケーキだけだった。なまえは、テーブルの上に置いたクリスマスケーキに包丁の刃の先を入れながら、鼻歌を歌っている。なまえは歌うことが好きだが壊滅的に音痴であるせいで、歌っている鼻歌すらも妙に音が外れていた。「ヘッタクソやな、お前」そう思わず言うと、なまえは「わたし不器用やもん」と歌うのをやめて言った。歌が下手だという意味で言うたんや、と思わず口から出そうになったが、なまえが切ったケーキは、なまえが皿の上に置くまでの間に倒れて上に載っていたイチゴが皿の上に転がっていてお世辞にも見た目が良いとは言えなかった。なまえは歌も取り分けもどっちもヘタクソやった。テレビの方を見ていた治がふと、こちらのほうを向いた。皿の上に載った、横に倒れてイチゴが無惨に転がっているケーキを渋い顔をして眺めている。「こういうのやってみたかってん」大皿の料理を小皿に取り分けてみたり、ホールケーキを切りわけたり、そういうことを何故かなまえはやりたがった。なまえはひどく不器用だった。己らがやった方が絶対マシだと自信を持って言えるくらいには、なまえの取り分けは下手だった。自分が不器用であることをとてもよく知っているせいか、なまえは外食の場ではそういうことを自分からやることは無かったが、友達がやっているのを見ていると自分もやってみたいような気持ちになるのだろう。その気持ちを全く理解できないわけではなかったから、家の中でやるときくらいは好きにさせていた。「ホンマにヘッタクソやな」最初に己が言ったことと全く同じことを、治が言った。それを聞いたなまえは眉間に皺を寄せて、「なん、二人は上手く出来るん」と問うた。治は「少なくともなまえよりはウマイし侑も不器用ちゃうからな」と即答していた。そう自信を持って言った治が、なまえから包丁を借りてケーキを切ってなまえの皿に置く。大口を叩いた治が綺麗に切ったショートケーキが皿の上に乗っているのを見てぐうの音も出なくなったなまえが、悔しそうな顔をした後で、己らのほうを見る。治はドヤ顔をしてなまえの顔を見ていた。ケーキを食べようとしたなまえがはたと気づいたような顔をして「フォーク取ってこな、そこの棚開けるで」と言って勝手知ったる我が家のような顔をして、台所の食器棚のほうへと向かった。なまえが棚の中に片づけられているフォークを三本取って戻ってきた。そうして、己らに一本ずつ渡した後で、「いただきます」と手を合わせてケーキを食べ始めた。

なまえは俺ん家居てええんか?」
「何が」
「お前、彼氏おったやろ。ええんか、彼氏とクリスマスせんで」

ケーキを口に入れながら、治がそう問うた。学年が一つ上の、なまえと同じ部活の先輩と、なまえは今年の夏頃から付き合っていたはずだった。なまえと彼氏はそれなりにうまくいっていて、顔を合わせれば彼氏とこの間出かけたデートの話を聞かされたことがある。なまえが先輩のことをそれなりに好いているだろうということは、その時の話ぶりから何となく察していた。しかしながら、依衣は口の中に入れたケーキを食べ終えた後で「別れた」と言った。あれだけ好いていた彼氏と別れたというのに、なまえの口ぶりはあまりにあっさりとしていた。今までのなまえの話ぶりと、今のなまえの口ぶりに思わずなまえの方をマジマジと見てしまう。

「クリスマスは毎年予定あるからアカン言うたら『クリスマス一緒に過ごせんなら付き合うとる意味ないやろ』言われてん」
「彼氏と会うたれや」
「侑と治寂しがるやろ思て」

なまえはそう言ってまた、ケーキを口に運んだ。彼氏からしてみれば、彼氏の自分ではなく幼馴染を優先させると言われてしまえば別れたくなる気持ちもわからなくはないと思ってしまった。そんななまえを無言で治は見ていた。己が「誰が寂しんぼや」となまえに言うと、なまえは笑っていた。そうして、思い出したようになまえは「治も彼女はええの?」と矛先を変えるように言った。治に彼女が居ることは初耳だった。別に、きょうだいだからといって何から何まで喋る必要は無いが、己以外(と言ってもこの場にいるのはなまえだけだが)が皆知っていて己だけが知らないというのは寂しい。「なんや治、彼女おったんか」そう、治に問えば、彼は至極面倒臭そうな顔をしていた。そうして「侑に言うなや」となまえに言った。意図的に己には伏せられていたのだということを知り、少しムッとしてしまう。なまえははたと思い出したような顔をして「ごめん」と言ったが時すでに遅しである。

「なんや、俺だけ仲間外れにしよって」
「侑に言うたら広まるから黙っとこって話しとったんやった」
「もうなまえにも言わん」
「ごめんて」

治はため息をついたあとで、「別れた」と言った。「ええ、あんなに仲良かったやんか、部活ない日いつも彼女と一緒やったやん」そうなまえが言うのを聞いて、治が部活のない日に毎回外出していた理由を今更知った。ゲームやろうや、と誘ってもあまり反応が良くなくなったのはどれくらい前からだったのかを少しだけ思い返してみるが、あまりよく思い出せなかった。治は「クリスマス一緒に過ごせんなら付き合うとる意味ないやろ、て」となまえと全く同じことを言った。なまえは「彼女と会うたれや」と自分のことを棚に上げてそう言った。「お前が言うんか」そう、治は呆れたような顔をして言った。「俺は彼女居らんしな」そう、なまえと治に言うと、二人は声をそろえて「侑に彼女が居るワケないやろ」と言った。こいつら揃って失礼な奴やな、と思ったけれども本当のことだったので何も言えなかった。
2021-12-26