小説

ショートコント・合コン

 「なんでお前に会わなあかんねん」そうぼやく侑の隣を無言で歩いている。それを言いたいのはわたしの方だと言いたかったけど、わたしは何も言わずに侑のことを無視して歩いていた。「なんやお前、彼氏欲しいん?」黙ったまま侑の隣を歩くわたしに、彼はそう問うてきた。「悪い?」そう、ぶっきらぼうに言い返せば、侑は鼻で笑った。そういう侑だって人のこと笑えたものじゃないだろう、と言いたかったけれどもそれは言わなかった。言ったところでああ言えばこう言う、嫌味なほど達者に回る口で言い負かされるのがオチだ。
 大学の友人が主催した、彼女曰く質の良い男たちを呼んだ所謂合コンに参加したとき、先に向かいの席に座っていたのが侑だった。女子が多い学部学科に所属しているわたしは大学での出会いが全くと言っていいほどなかったため、新しい出会いが期待できる今回の合コンをかなり楽しみにしていたのであるが、その気持ちは合コン会場のテーブルで侑の姿を見たことで雲散霧消してしまった。わたしが侑の姿を見かけてゲンナリしてしまったのにも関わらず、侑はわたしがきていることに気づいていないのか「かわいい子ばっかやんか」と幹事の男の人に言いながら、みっともなく鼻の下を伸ばして女の子たちを眺めていた。そんな侑の姿を白けた目で見ていたわたしがこの場にいることに気づいたときに、侑があからさまに白けた態度を取ったことに腹が立ってしまった。何も知らないわたしの友達は、目の前に並ぶ男たちの姿を見て「イイでしょ」と得意げな顔をして言っていた。彼女の目からみれば侑もいい男に見えるのだろうが、わたしにとっては目の前にいる男がおねしょをしていた頃から知っている侑であったため、彼でさえなければ文句なしに首肯していたのかもしれないけれども、素直に頷くことができなかった。そこそこに盛り上がった飲み会の後で、二次会に行くとか行かないとかの話で盛り上がっていたけれども、わたしは二次会に行く元気もなかったのでそのまま帰ることにした。まだ寝る時間には早すぎるし、帰るついでに今日の合コンがいかに楽しみだったかを話していた治の家に寄って、愚痴の一つや二つでも聞いてもらおうと思っていた。治に今から家に行く旨を連絡したのちに(治がかなり面倒くさがっている返信をよこしてきたが、拒絶されなかったので良しとした)、彼らに別れを告げて帰ろうとしたときに、侑も「ほな俺も失礼します〜」と愛想良く言って一次会で解散しようとしていた。わたしは、飲み会であんなに楽しそうにしていた侑のことだから当然二次会に行くものだと思っていたので少しばかり驚いてしまった。わたしと同じことを考えていた人はわたしだけではなかったのか、「侑くん帰っちゃうの?」と女の子たちに残念そうに言われていた。「明日俺早いねん」と言って侑はわたしと同じ方向に歩こうとするので(この時の侑の調子が軽薄だったので多分嘘だと思う)、わたしと侑が抜け出そうと勘違いした彼らが勝手に盛り上がり始めてしまった。どちらかというと揃って盛り下がっていると言うのに、彼らの目に見えているものとわたしたちの考えていることはどうやら違うらしい。わたしが彼らと別れて治の家のある方へと歩くと、侑も全く同じ方向に向かってくるので「なんでついてくるの」と言ってしまった。わたしの知る限り、侑の家の方向はわたしが向かおうとしている治の家とは逆方向にあるはずだった。侑は不機嫌そうな調子を隠そうともせずに、慣れた手つきでスマートフォンを操作しながら口を開いた。

「お前が俺の行く方向におるだけや」
「ふうん」
「お前こそ家の方向逆やろ」
「別にどこに行ったってええやん」

何やねんお前、そう言う侑と並んで、揃ってスマートフォンを触りながら電車に乗った。電車に乗り続けている間にも、今日の合コンがわたしにとってどんなに楽しみにしているものだったのかを、治にメッセージで送り続けていた。治からはうんざりしたような、適当な返事が帰ってきていた。目に見えて面倒くさがっている治に、あまりメッセージで話すぎると会ったときに話すことがなくなってしまうかもしれないと思ったけれども、侑の顔を見ていると、メッセージを打つ指がするする動いてしまう。わたしが治の家の最寄り駅で降りたとき、侑も同じ駅で電車を降りていた。もしかしなくても、侑も治の家に今から行こうとしているのかもしれないとわたしが思ったのと、わたしがこれから治の家に行こうとしていることを侑が悟ったのは同じくらいのタイミングだったのかもしれない。侑が「おい」と乱暴な調子で話しかけてきた。「なに」そう侑に言えば、侑は「お前治の家行くんちゃうよな」そうわたしに問うてきた。「そうやけど」そうわたしが答えると、侑はあからさまに嫌そうな顔をしていた。結局、侑とは何の会話もないまま治の家の前まで並んで歩いてきてしまった。治の家のインターホンを押したとき、治が玄関のドアを開けながら、からかうような調子で「二人揃って抜け出して俺の家きよった、仲ええなお前ら」と言うので「仲良うないわ」と勢いよく言ってしまったのであるが、そのタイミングが侑と被ってしまったので何の説得力もなかった。

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「こんにちは~、今日はよろしくお願いします~」そう、出来るだけカワイイ調子で挨拶をして案内されたテーブルにつこうとしたときに見えた顔に上げた口角が引きつってしまった。第一印象は出来るだけ良いように、今日こそ彼氏をつくるための第一歩でもある出会いを大切にしようとした日に限ってどうして侑がこの場に居るのかわたしには分からなかった。侑はわたしの顔を見た瞬間に空を仰いだ。あまりにあからさますぎる侑の態度に腹が立ってしまった。「遅いやんかあ」そう幹事でもある友人に言われて、「ごめん」と言うと、向かいの席に座っていた男性たちから「待ってました~」と声が掛けられた。「学校?」そうわたしに気さくに話しかけてくれた男のひとに「そうです」と答えると「真面目やねえ」と言われてしまった。前回も幹事をしてくれた友人曰く、今回も良い人たちを連れてくるつもりとのことだったけれども、たしかにそれもそうだと思った。爽やかで気遣いも出来て、悪い印象が少しも無い彼らを見ていると心からそう思う。今日こそ彼氏を作るんや、と張り切っていたはずのわたしの気持ちは侑の顔を見た瞬間にすっかりしぼんでしまった。昼間に今日こそ彼氏捕まえるんや、と意気揚々と治にメッセージを送ったときに、治からいい加減彼氏が出来るとええなと適当なことを言われたことを思い出していた。治クンへ、今日も彼氏出来ないかもしれません、と脳みその中で治に送るための文面が浮かんだ。合コンは始まったばかりであるのにも関わらず、今すぐ治に愚痴でも聞いてもらおうかなと思ってしまうくらいには、げんなりしてしまった。どんなに愛想よく、愛嬌よくふるまったところでそれが”わたしの作ったわたしの思うカワイイわたし”でしかないことを知っている侑が居る場所では、その取り繕いさえもうまくいかないような気がしてならなかったし、どんなに頑張ったところで侑に鼻で笑われて終わりであることなぞ火を見るより明らかである。周りは話で盛り上がっていたし、侑が滑りつつも愛想よく話しているのを眺めながら相変わらずやなと思いながら、彼らをぼんやりと眺めていた合コンの最中、トイレに抜けた時に幹事の友人がやってきて、わたしに話しかけてきた。「侑くん、どうなん」そう、彼女がわたしに侑のことを話しかけてきたのに驚いてしまった。「なんでそれを聞くん……」とわたしが彼女に言えば、彼女は「侑くん、アンタが来るって言ったら行きたいって言うたみたいなんよ、いつもは無理やり連れて来んと来ないらしいな?」そう彼女は含みを持った笑みを浮かべてわたしに言った。前も侑くんと抜け出しとったやん、そう言う彼女にげんなりしてしまいそうになったけれども、表情には出さないように繕った。「何もないよ、帰る方向がただ一緒だっただけ」そう彼女に言えば、「アンタ家と逆方向に歩いて行ったやんか、何もないワケないわけあるか」そう切り込んできた彼女に何も言えなくなってしまった。たしかに前回の合コンの帰りは、治の家に侑と一緒に出掛けて、楽しみにして出かけた合コンに侑が居た愚痴を聞いてもらおうとしたのにも関わらず、侑も何故か治の家にやってきていたので、愚痴を言えるわけもなく、ただ三人で缶チューハイを開けて朝まで飲んでいただけだった。あの日「明日早いねん」とか言っていた男は治の家の床で昼前まで寝っ転がった挙句二日酔いで頭が痛いとか抜かしよったで、と告げ口をしてもよかったけれども、彼女の嫌な想像をかき立ててしまいそうだったので言うのはやめておいた。少なくとも、彼女が期待するようなことは何一つ無かったことだけは確かだった。わたしが何も言えなくなっていると、彼女は「ま、彼氏できそうで良かったやんか」と言ってわたしの肩をたたいて盛り上がる合コン会場の方に戻って行ってしまった。わたしは、そう言われた後であの席に戻るのが気まずくなってしまった。
 結局、わたしはあの合コンを先に抜け出して帰ることにした。幹事の友人には申し訳ないと思ったけれども、あの席で飲む気にはどうしてもなれなかった。わたしは幹事の子にわたしの荷物を持ってきてもらうようにメッセージを送り、店の入口の前で待っていた。待っている間に合コンの愚痴を治に送りながら、今日も治の家に行って飲み直そうと思ったころにやってきたのは、わたしの荷物を持った侑だった。「なんで侑なん」そうわたしが侑に言うと、侑は不満そうな顔を隠そうともせずに「俺がおったら悪いんか」と言った。幹事の友人から届いたメッセージには「グッドラック」とだけ書かれていた。わたしと侑のことを都合がいいように考えたわたしの友人は、侑との仲を取り持とうとして動いているようだった。わたしと侑は、そういう関係ではない、子どものころから付き合いがただ長すぎるだけの幼馴染の腐れ縁であって、彼女の想像するようなものでは決してないのにも関わらず、である。侑から荷物を受け取ろうとしたけれども、侑はわたしに荷物を持たせてくれなかった。最寄り駅の駅のホームに上る階段の前で、侑が「家帰るん」とわたしに問うた。「治の家行く」そうわたしが答えると、侑は「ほーん」と適当な相槌を打っていた。わたしが行こうと思っていた駅のホームの方へと、わたしの荷物を持った侑が歩いていく。わたしは侑の後を追うかたちで、彼の後ろを歩いて行った。侑の家は、治の家と反対側の方向にあるくせに(わたしの家も侑の家のある方向と同じ方角なので、わたしの家も逆方向になる)、侑はわたしと並んで治の家のある駅へと向かうホームに立っていた。「なんや、侑も治の家いくんか」そうわたしが彼に問えば、侑は「治の家は俺の家みたいなもんやろ」と適当なことを言っていた。「なんやそれ」そうわたしは言ったけれども、侑は何も言わなかった。結局わたしと侑は二人揃って治の家のインターホンを鳴らすことになった。玄関先に出てきた治は、わたしと侑の顔を見た瞬間、「また二人揃って抜け出して来たんかい、ほんま仲ええなあ」と迎え入れてくれたけれども、わたしは幹事の友人から侑の話を聞いたばかりだったので、それに対して「仲良うないわ」と返すことも出来ずにただ黙っていることしか出来なかった。

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「気まずい」
「何が」
「侑と気まずい」
「それ普通本人に言わんやろ」
「侑やからええかなって」

そうわたしが言うと、侑は面倒臭そうな顔をしていた。治が侑の家にやってくるまでの残り時間を、わたしは侑と二人で過ごさなければならない。治と侑とわたしの三人で作っているトークルームに、今日お酒飲みたい人、と書き込んだら、治から「今日は侑の家な」という返事が来た。侑は侑で彼の家を飲み会の会場にされることに異論はないようだった。わたしが参加する合コンに行きたがる侑の話を友人から聞いてからというものの、もしかしたら侑がわたしのことを好きなのかもしれないと勝手に思ったり、それがただの思い違いで侑にわたしの勝手な勘違いだと言われるのが怖くて侑と顔を合わせにくいと思っていたけれども、治も一緒だったら何故かその気まずさはどこかに飛んで行ってしまうので、侑に会うときは、治と三人一緒が良かった。あの日の合コン以来、わたしの友人の企画した、わたしが彼氏を作るための出会いの場と称して行われた合コンで侑と会わなかったことは無く、友人がわたしと侑の仲を取り持とうとしているのが確実に分かってしまった後では、合コンで新しい出会いを期待することは無くなっていた。わたしと侑は合コン会場で会って同じテーブルで酒を飲んだり食べ物を食べたりすることはあれど、隣り合って会話をしたことは無いし、彼らに侑のことを昔から知っていることを話したことが無かったので、友人の目には侑とわたしの関係性がどう映っているのかはわからない。結局、どの合コンに行っても侑と居合わせ、二次会に行かずに帰ろうとしたときは侑も一次会で飲み会を抜けるし、わたしが二次会に参加するときは侑も参加する。けれども、飲み会の場でわたしに話しかけてくることもないし、侑が話しかけてこないからわたしも侑に話しかけることは無い。わたしが一次会で抜けた後に、治の家に行って飲み直そうとしていると侑も何故か付いてくるし、二次会に参加して遅いからもう家に帰ろうとすると、侑も家に帰ると言って、家の方向が同じ侑と一緒に帰ることになる。結局のところ、侑とわたしは一緒に抜け出しているというワケでもないのにも関わらず、合コンで会うたびに一緒に抜け出したような形になっていた。それを見ている幹事の友人はわたしと侑の仲がどうかを聞いてくるけれども、彼女の期待するようなことは何一つ起きていない。ただ一緒に帰り、侑が何故かわたしの家まで送ってくれるだけである。別れたあと侑はまっすぐ家に帰るので、わたしと侑の二人だけの時にはこれといった進展などなにもなかったのである。治の家に行って飲み直す時だって、合コンに参加しても新しく出会った人と何かいいことがあるわけでもなく、結局侑と一緒に帰ってきてしまうことに関する愚痴をただ治に聞いてもらっているだけだった。最初のうちは侑がいるから合コンの愚痴はやめておこうと思ったけれども、あまりにそういうことが続くので口が勝手に滑って、侑がいる時であっても合コンの愚痴が溢れてしまう。そんなわたしの愚痴を聞きながら、侑は得意げな顔をしているだけだった。

「侑クンはわたしのことが好きらしいな」

そう、わたしは侑の家の冷蔵庫からビールの缶とノンアルコールのジュースを取ってテーブルに置きながら、冗談めかして言った。行く先々で会う侑への嫌味のつもりだった。すぐに文句を言ってくるだろうと思っていたが、侑は何も言わなかった。肯定もしなければ、否定もしなかった。まだ治が家に来ていないというのに、これから飲む予定の缶ビールを一缶開けて、思い切り流し込んでいた。あまりの良い飲みっぷりに思わず侑のよく動く喉元を見てしまった。わたしにはない、男の喉仏だった。「……」侑はビールを流し込んだ後に、まだ中身が少しだけ残ったビール缶をテーブルの上に置いてため息を吐いた。

「……好きやったら悪いんか」

そう、侑はわたしに言った。侑はわたしのことが好きなの、なんてことを茶化すように言ってしまったのは失敗だったかもしれない。侑の口から「冗談言うてんなや」と返ってくることを期待していたわたしは拍子抜けしてしまった。侑があまりにも大真面目な顔をしてそう言うものだから、侑の、わたしに対する好きだと言う気持ちのすべてをばかにしてしまったような気がして申し訳なくなってしまった。いくら馴染みのある侑だからといって、言っていいことといけないことはある。

「……ごめん」

思わずわたしがそう彼に謝罪の言葉を述べると、侑は「俺はフラれたんか」と言って、残っていた缶ビールの中身を飲み干した後で缶をぐしゃりとつぶした。

「ちゃう、フッとらん」
「今のはフラれた流れやろ」
「侑の気持ちを悪う言うてごめんって意味」
「ほおん」

侑はそう言ってわたしの顔を見ていた。わたしは、侑に対して恋愛の意味での好きであるかどうかについて考えることからずっと逃げていたのであるが、いよいよ向き合わなければならない時が来てしまった。わたしの友人が言っていた、侑がわたしのことを好きだというのは正しかったらしい。

「わたしは侑のことを好きとか考えたことない」
「嫌いなんか」
「嫌いではない」
「なら俺でええやん」
「そんないい加減でええの?」
「ええんちゃう」

侑はぶっきらぼうに言い放った。彼の視線がわたしから逸らされて、ひしゃげた空き缶に注がれている。告白するのであればわたしの目をきちんと見て言いや、と思うしシラフの時に言って欲しかったという気持ちはあれど、そこまでを期待するのは望みすぎなのかもしれない。「……わたし、告白されるなら酒入ってないときにしてほしかったわ」そう侑に言えば、侑は酒の入った二本目の缶のプルタブを開けながら、「それはすまんな」と少しも反省していない調子で言った。

「治まだ来とらんのに全部開けるつもりかい」
「アイツは今日来ん。馬に蹴られとうない言うとったわ」
「なんやそれ」
「気ィ使うたんやろ」

侑はそう言ったのちに「好きなモン飲み」と言ってテーブルの上の酒類を指さした。酒を飲みたいと言ったのはわたしだったけれども、侑の恰好の付かない告白を、酒を流し込んで忘れたくなかったので、わたしはテーブルの上に置いてあったオレンジジュースを貰うことにした。「なんや、酒飲みたい言うてたのはお前やろ」そう言う侑に、「わたしは酒で忘れたないねん」と言えば、侑は少しだけばつが悪そうな顔をしていた。
2021-07-11