荷物を整理しているなまえを横目に見ながら、荷物を纏める手伝いを拒否されてから、手持無沙汰になっていたので、なまえがテーブルの上に置きっぱなしにしているタブレットに手を伸ばした。タブレットの画面には、つい先ほどまでなまえがみていただろう兵庫の宿泊先候補のホテルが表示されていた。明日から旅行に出かけるというのに、己らは未だ宿泊先の予約をしていなかった。いずれやろうという話をなまえとしていたけれども、なあなあにしてしまっていたせいですっかり後回しにしてしまっていたのである。ツインベッドの部屋に候補を絞ってホテルを探してみると、ゴールデンウィークに入るせいか、どのホテルも部屋がなかったり、あったとしても部屋数の残りが一部屋のみになっているか、それなりの値段のする部屋しか残っていなかった。なまえに、どこに泊まりたいかを問えば、高すぎもせず安すぎもしない程よい金額のビジネスホテルの名前が、彼女の口から出てきた。
「折角旅行に行くのにビジホでいいの?」
「そこそこの値段の部屋ってビジホくらいしかないよね?」
そう言うなまえは己に「角名くんはどこがいいの?」と問うてきた。「折角旅行に行くんだし、もっと値が張ってもいいんじゃない」と言ったのは己で、なまえはそこまで高いところじゃなくてもいいと言って、安い部屋を提案してきたのであるが、これから迎える最期の日なのに部屋に妥協をしたくないと言い張って、自分のわがままを押し通した。兵庫の夜景が綺麗に見える、高層階のホテルの部屋を選んでなまえにタブレットの画面を見せると、なまえは部屋の金額を眺めてしばらく固まっていた。「そんなお金どこから出てくるの」そう言うなまえに、「俺の財布から」と答えるとなまえはすっかり魂が抜けてしまったような顔をして己を見ていた。日頃あまりお金を使わないせいか、それなりにお金が貯まっているので、こう言う時の出費くらいならば別に痛くも痒くもない。「こんな部屋泊まれないよ」そう言うなまえに、「じゃあ、もっと高いところにする?」と問えば、なまえは勢いよく首を横に振った。「緊張して眠れなくなりそうだからいい」そう言うなまえがおかしくてつい笑ってしまった。「最期くらい妥協はナシでしょ」そう、終末を言い訳にしてしまえば彼女はもう何も言えなくなってしまうようで、なまえの方が折れた。己が、タブレットをつついてホテルを予約するのを横から見ていたなまえが、「もうこんなに高い部屋、一生泊まれないかもしれない」と大袈裟に言うのがおかしくて笑ってしまった。「でも、最期にはふさわしいでしょ」と言えば、なまえは「それもそうだけど……」と渋い顔はしていたけれども、予約した後ではもう諦めたような顔をして、己に頭を下げて「ありがとうございます」と畏まって言うものだから「そんなに大袈裟にしなくても良いのに」と言ってしまった。
「旅行の計画、行き当たりばったり過ぎない?」
「そう?」
「初めて角名くんとデートした時みたい」
「そうだっけ」
「あの時も結構行き当たりばったりだったよ」
「ははは」
なまえとの旅行に明日から出かけるということだけは決まっていたけれども、逆に言えば、それ以外何も決まっていなかった。静岡にある己らの住む家を出て新幹線駅に向かい、東海道新幹線に乗って兵庫まで行くことは決まっていたけれども、それ以外にどこに行って何をするかなどは何一つ決めていなかった。宿泊先を今更決めたくらいで、それ以外の計画は真っ白だった。なまえに行き当たりばったりすぎるよね、と言われた時に、己は高校生の頃、初めてなまえと出かけたデートのことを思い出していた。なまえが観たいと言ったシリーズ作品の映画を観に行こうというところまで決めてはいたものの、映画館の座席を前もって予約していなかったせいで、座席が取れなかったのである。渋々次の回までなまえと二人、映画館のベンチに座って大人しく待ちながらおしゃべりをして時間を潰したことを思い出したときに、昔から結構行き当たりばったりなことをしていたし、今回の旅行も行き当たりばったりでやるくらいが丁度よいのかもしれないと思った。それをなまえに伝えると、なまえは困ったように笑って「反省して計画的にやるとかじゃないんだ」と言っていたけれども、無計画に出かけてその時々で時間を潰してみたりするほうが、なんとなく己となまえらしいからそっちの方が良いような気がしてならなかった。
「あの時ちょっと早く行ってチケット取った方がいいよね?って聞いたのに角名くんが『ゆっくりしてからでいいよ』って言ったから席とれなかったんだよね」
「そうだね」
「今回の旅行もそんな感じでやるつもり?」
「いいんじゃない。さすがに、ホテルは先に予約するけど」
「あと新幹線も。連休だから席無くなっちゃうよ」
「最悪立ってればいいから新幹線は別によくない?」
「兵庫まで立つの?」
「運が悪かったらね」
なまえにそう言うと、彼女は笑っていた。タブレットで新幹線の予約サイトを開いて、なまえは新幹線の予約状況を見せてきた(指定席予約は、己らが予約状況を見た時には随分埋まっていた)けれども、己が行き当たりばったりで良いと言ってしまったせいか、なまえはそのページを閉じてしまった。
「わたし、こんなに行き当たりばったりの旅行するの、はじめて」
なまえは困ったような顔をしていたけれども、予約をしようとしないあたり、それでも良いのだと思っているのだろうと思う。「俺も行き当たりばったりすぎる旅行はしたことないよ」そうなまえに言うと、なまえは笑っていた。「角名くんはわたしと行かない旅行だとちゃんと計画立てるの?」そう、意地の悪い質問をしてきたなまえに、「ほら、俺じゃない人が計画立ててくれてたから」と答えると、なまえは呆れたような顔をして己を見ていた。
「俺は気分で適当に動く旅をしてみたいと思ってるだけだよ」
そう、適当に思いついたような言い訳をなまえにすると、なまえは「そっか」とあまり納得していないような顔をしていたけれども、「無計画の旅行もほとんどやる機会ないし、最期くらいそういう旅行もいいかもね」と言った。
2021-05-24