小説

雑談(2)

 防衛任務を終えて戻ったついでに、訓練室に足を運んでみれば、ロビーの片隅に見知った顔ぶれが集まっていた。王子と水上と、それからみょうじちゃん。隊も違えばポジションも違う彼らが集まって、何やら話をしているようだった。時折話が盛り上がるのか、みょうじちゃんが妙に大きい声をだしては二人に宥められている。みょうじちゃんが声を上げるたびに、周りの人たちが一斉に彼らの方を見て、特に何もないことを知るや否やまた、彼らの視線は元の場所へと散ってゆく。人の目が自分たちに向けられていることに気づいていないのか、気にしていないのか、彼らは揃ってマイペースに話をしているようだった。すっかりうなだれてしまっているみょうじちゃんが空を仰いでいる(この場所には高い天井しか無いので空は見えないのであるが)あたり、またみょうじちゃんを起点とした話しでもしているのだろうと思って、彼らの所に近づいた。「ちゃんと真面目に聞いてよォ」「ぼくはいつでも真面目だよ」「面倒くさくなってるくせに」「うん」「この話まだするん?」「する」「困ったね」彼らに近づくにつれて、うっすらと話が聞こえてきた。彼らの方に歩み寄る己に気づいたのか、水上が「犬飼おるやん」と言って話しかけてきた。すると、王子とみょうじちゃんも揃って己の方を一斉に見た。王子が「丁度いいところに」と言って話しかけてきたあたりで、もしかしたらこれは面倒なことだったのかもしれないと思ってしまったのであるが、その頃にはもう遅く、もう引き返せない所まできてしまったようだった。

「来たな、性格が悪い奴その三」
「その呼び方やめてもらえる?」

いつぞやに聞いた言葉をまたみょうじちゃんに言われてしまった。この面々の中で性格が悪い奴と言えば、みょうじちゃんを含めた三名ともなのでその三というカウントは間違っている。どう考えてもみょうじちゃんが”性格の悪い奴”の中にカウントされていないからである。

「何この集まり」

そう彼らに問えば、彼らは顔を見合わせたあとに黙り込んでしまった。いつぞやの日のようにランク戦の反省会とトリガー相談会でもしているのかと思ったけれども、彼らの中央にタブレット端末が置かれていないあたり、そういった話でもなさそうだった。暫く黙り込んでいたみょうじちゃんが己を頭の先からつま先まで眺めた後で、「この面子の中だったら犬飼が一番マシそう」と失礼なことをいけしゃあしゃあと言ってのけた。水上は面倒臭そうな顔をしてみょうじちゃんを見ていたし、王子は顔には出していなかったけれども空気感から面倒臭いことに絡まれていることを察することはできた。「で、何この集まり」そう、もう一度彼らに問えば、みょうじちゃんが口を開いた。

「話せば長くなるんだけど」
「じゃあいいや」
「なんでそういうこと言うの?」

もったいぶるみょうじちゃんにそう言うと、ぎゃんぎゃん騒ぎ出してしまったので心底うんざりしてしまった。この場からすぐに離れてしまおうと思ったときに、己がこの場から離れることを察したのか、水上が馴れ馴れしく肩を組んできたので身動きが取れなくなってしまった。意地でも逃がさないつもりか。「ほら犬飼もここにちゃんと座り」「えー、俺巻き込まれるの」そうして、彼らの座っている場所の空いている席に座らされてしまった。面倒なのを隠さずに居ると王子がふっと笑って、「旅は道連れって言うよね?」と話しかけてきた。道連れってなんだよ。

「王子は道連れにされた方なんだ?」
「うん」
「お互い災難だね」
「なんでそんなこと言うの?」

で、これなんの集まりなの、そう三回目の質問をすると、黙り込んでしまったみょうじちゃんの変わりに王子が口を開いた。

「恋愛相談だよ」
「恋愛相談?」
「そう」

王子の口から出てきた言葉が、この面子で顔を合わせてする話とはとうてい思えなかったので、思わず聞き返してしまった。「なに、みょうじちゃん好きな人でもいるの?」そう彼女に問えば、みょうじちゃんはぎょっとしたような顔をして己を見た後で、「なんでわたしって分かるの?」と問うてきた。

「犬飼クン、エスパーか何か?」
「この面子でみょうじちゃん以外に恋愛相談しそうな人がいないから」
「なに、消去法?」
「そう」
「水上に好きな女の子が出来たかもしれないじゃん」
「俺に好きな子出来てもお前らには相談せんわ」

水上の言うことはごもっともだと思った。人の恋愛について面白がることはありそうだけれどもまともな返事が返ってくることが全くと言っていいほど期待できないこの面子に対して恋愛相談をしようと思ったみょうじちゃんのことが分からなかった。

「相談するにしても相手を選ぶでしょ」
「水上と王子じゃ犬飼クンは不満なんですか?」
「少なくとも俺はこの面子に相談しない」
「王子は?」
「ぼくもしないかな」
「わたしにもしてくれないの?」
「しないね」

相談するならもっと返事が返ってきそうな人を選ぶよ、と王子が言った。みょうじちゃんは詰まらなそうな顔をして王子を見ていたけれども、王子が言うことは決して間違っていない。そう言われてしまったみょうじちゃんが、渋々と言った様子で口を開いた。

「だってこの面子しか友達がいないんだもん」
「ぼくたち友達カウントだったんだ」
「なに、王子はわたしと友達じゃないって言うの?」
「そう言われると困っちゃうな」
「なんでそんなこと言うの?」

友達だろ、と言うみょうじちゃんに対して、水上があからさまに目を逸らすのを見たみょうじちゃんが「誰か一人くらい友達だって言ってくれたっていいじゃん」と喚いたので「わかったよ、俺はみょうじちゃんの友達でいいよ」と返したのであるが、みょうじちゃんはどこか不満そうな顔をして「なんで渋々なんだよ」と文句を言ってきた。友達だって言ったのにそれでも不満なのかよ。膨れるみょうじちゃんに王子が「冗談だよ」と言うのであるがみょうじちゃんの顔には思い切り不満であると書かれていた。

「で、恋愛相談って何?」
「彼氏が欲しい」

みょうじちゃんに問えば、彼女の口からそう返事が返ってきた。みょうじちゃんは「彼氏が欲しいんだよ」そう、もう一度言った。水上はこの話を何度も聞いているのか、もう面倒臭がっていることを隠そうともせずに、みょうじちゃんの顔を見ていた。彼氏、彼氏ねえ。みょうじちゃんに彼氏か、あまり考えたこと無かったな。ボーダーで充実している生活を送っているように見えるみょうじちゃんに彼氏が出来て、彼氏とデートしているところがあまりにも想像できなかったからというのはあるかもしれないけれど──みょうじちゃんに彼氏がいるところを少しだけ想像して、すぐに考えるのをやめた。全くと言っていいほど想像ができなかったからだ。「好きな人でもできたんだ?」そう彼女に問えば、みょうじちゃんは黙って首を横に振った。「好きな人はおらんけど、彼氏が欲しいんやて」そう水上が気だるそうに言った。

「適当な人と付き合えばとりあえず彼氏はできるよね」
「わたしは大恋愛をして彼氏を作りたい。王子の言うそれは大恋愛じゃないから嫌」
「ワガママだなー」

もう面倒臭くなっていることを少しも隠そうとしない王子がそう言うのに、みょうじちゃんがそう反論していた。大恋愛がしたいと彼女は言うけれども、彼女の中の大恋愛が何を指しているのかはよくわからなかった。「好きな人が出来て付き合うとかじゃダメなの?」そう問えば、みょうじちゃんが「そういうのがやりたい」と答えた。別に、大恋愛でもなんでもない普通の恋愛がしたいだけなのか、と思う。大恋愛とはいうけれども、案外みょうじちゃんの大恋愛のハードルは低そうに見えた。好きな人が出来て付き合って、そういうものを想像しているだろうみょうじちゃんに、「へえ、どういう感じの人がいいの?」そう問えば、今度は王子が空を仰いだ。

「……」
「好きなタイプの人は?」
「……考えたことが無いのでわかりません」
「ええ~」

好きな人が欲しいけど好きなタイプが分からないんじゃ困ったね、そう言えば、王子が「堂々巡りだね」と言った。彼らが若干疲れているように見えるのはこの話をしていたからというのがうっすら分かってきてしまった。「じゃあさあ、考え方変えてみようよ」そう、みょうじちゃんに言えば、みょうじちゃんは不思議そうな顔をして己の顔を見ていた。

「俺たちの中で付き合ってみたいと思うのは誰ってところから掘り下げてみようよ」
「誰とも付き合いたくない。性格悪いから」

即答だった。清々しいくらいに即答したみょうじちゃんに、王子が「ハッキリ言うねえ」と言った。水上に至っては「その性格悪い奴に恋愛相談しとるのは誰や」とぼやいていた。その通りである。完全に取り付く島もなく、話が一向に前に進んで居ないのにも関わらず、みょうじちゃんは「でもこれなんか恋愛相談っぽい、わたしはこういうのがやりたかったの」とどこか楽しそうな顔をしていた。けれどもここにいるのは完全に疲れ切ってしまった面子だけである。話が全く前に進まなくなってしまったので、みょうじちゃんに「みょうじちゃんに恋愛はまだ早いんだろうね」と言えば、みょうじちゃんは不満そうな顔をして己の顔を見ていた。

「子どもに恋愛は早いって?」
「そう」
「犬飼プロが言うならそうなんちゃうん」

投げやりに言った水上に、みょうじちゃんはどこか不満そうな顔をして己らの顔を見ていた。けれども、好きな人がどういうひとかもよくわからない状態で漠然と話をしてもどうしようもないし、堂々巡りになるだけである(実際、堂々巡りなんだろうということは疲れ切った水上の表情から読み取れる)。

「好きな人が出来たら話の続きをしよう」

そう王子が言った。みょうじちゃんは好きな人が出来たらねえ、とぼやいていた。そうして暫く考え込んだ後で、「好きな人、できるかなあ」と問うてきた。「犬飼プロ、どう思います?」水上がそう己に話を振ってきた。「そうだねえ、みょうじちゃん次第じゃないかな?」そう答えると、みょうじちゃんは「そっかあ」と言って空を仰いだ。「じゃあこの話はもうこれで終わりでいい?」そう言う王子に、みょうじちゃんが頷いた。それを見た水上が「解散~」と言って座席から立ち上がって帰って行ってしまった。去り行く水上の背中に、みょうじちゃんが「ありがとう」とやたら大きな声で言うので、周りに居た人が一斉にこちらを振り返った。水上は片手を上げてそのまま去って行ってしまった。疲れ切った顔をした王子が、「いやあ、長かったね」とぼやくのを聞きながら、「この話どれだけやってたの?」と問えば、時計を見た王子が「二時間くらいじゃないかな」と答えた。この堂々巡りの話を二時間もしていたのか。若干疲れた顔をしている王子の表情を見てご愁傷様だと思ってしまった。みょうじちゃんの恋愛の話は結局、始まる前から少しも進んでいないだろうに、疲れ切った彼らの表情とは裏腹に、みょうじちゃんはどこか清々しそうな顔をしていた。
2021-03-28