小説

適材適所の話

「なにしてんの」
「部屋の片付け」
「なんでまた急に」
「倫太郎にいつもやってもらってるから、たまにはわたしがやろうと思って」
「……その塊なに?」
「どの」
「そこに積み上げられた塊になってるやつ」
「これ?……服?とタオル?かな」
「洗ったやつと洗ってないやつ混ざってないよね」
「……」
「……」
「えっと」
「……ありがとう。なまえはソファに座ってて」
「?」
「何もしなくていいから、ソファに座って大人しくしてて」
「……やっぱりだめ?」
「使ったものと使ってないものが混ざってるのが良くない」
「ごめんなさい」
「いいよ」
「……」
なまえがせっかくやってくれたのにごめんね」
「わたしも仕事増やしてごめん」
「続きは俺がやるね。晴れてるし、いっそ全部洗濯してもいいかな。今日全部乾きそうだし」
「……」
「この雑誌は今月のやつだからあっちじゃなくてこっち、これは月遅れの雑誌だからあっちだ」
「……」
なまえ、これ半年前の雑誌だけどまだ見てる?」
「どれ」
「これ」
「ダメ、それ倫太郎が載ってるやつだから捨てないで」
「えー」
「絶対ダメ」
「電子書籍で買ってなかった?」
「電子でも買ったけど紙でも欲しい」
「そんなに要らなくない?」
「わたしは要る」
「……じゃあこれはあっちの本棚の下の段に入れておくね」


:


「こんなもんかな」
「……わたしがやるとなんで片付けたはずなのに散らかっていくの?」
「それは俺にも分からない」
「倫太郎が片づけると綺麗になるのにおかしいね」
「決まった場所に決めたものを置いてるだけ。特別なことは何もしてないよ」
「なるほど」
「全然わかってないでしょ」
「うん」
「洗濯物も洗った後のやつなのか分からなくなっちゃってるし」
「途中までは分かってたけど気づいたら分からなくなっちゃってた」
「そもそも俺着た服は洗濯機のところに持っていけって言ってるでしょ、この部屋には洗濯が終わった後の服しかないはずなんだよ」
「ごめんなさい」
「いいよ。このジャケットはクリーニング終わったやつだよね?」
「うん」
なまえが取りに行ってくれたの?」
「うん」
「ありがとう。床置きじゃなくて掛けてくれてたらもっと良かった」
「……」
「まだビニールかかってるしシワになってないから大丈夫だよ」
「うん」
「あとは掃除機かけようかな。掃除機が終わるころには洗濯も終わるだろうし、洗濯物干したらおしまい」
「倫太郎がやると掃除が早いね」
なまえが掃除が壊滅的に下手なだけだよ」
「……」
「ひとり暮らしの時どうしてたの」
「部屋に物を増やさないようにしてた」
「なるほど」


:


「ただいま」
「お帰りなまえ
「今日は倫太郎の方が帰り早かったんだ」
「俺、今日早番だったからね」
「そういえば倫太郎、今日朝すごい早く出かけてたんだった」
「うん」
「倫太郎が早番の日帰りが早い感じがしないから新鮮」
「ああ、今日は練習もオフだから早かったんだよ。練習があったらまだ練習してただろうし」
「そっか。……あれ、倫太郎何してるの?」
「何が?」
「台所にいるの珍しいから」
「うん?」
「もしかして、ご飯作ってる?」
「うん」
「珍しいね、どうしたの?」
「いつもなまえにやってもらってるから、たまにはいいかなって思って」
「そうだったんだ」
「俺の気まぐれだね」
「倫太郎の気まぐれ晩御飯だ。倫太郎のご飯初めてかも」
「そうだっけ?」
「つくってもらったこと無いよ」
「……たしかに俺、ご飯作ったこと無いね」
「うん」
「いつもご飯はなまえに作ってもらってるし」
「すごくうれしい」
「そんなにうれしい?」
「うん。うれしい」
「喜んで貰えてよかった。まだ準備掛かるから、手洗ってきてよ」
「うん」


:


「倫太郎」
「何?」
「包丁の音が怖い」
「え?」
「倫太郎の包丁から包丁に慣れてない音がする」
「まあ、俺包丁普段持たないからね」
「倫太郎」
「なに?」
「……包丁置いて」
「なんで?」
「倫太郎の包丁の持ち方が危ない」
「えっ?」
「猫の手して」
「手?」
「家庭科の授業でやったよね?」
「多分」
「なんで曖昧なの」
「やった気がするけどあんまり覚えてないから」
「調理実習あったよね」
「俺片付け専門、調理は他の子がやってたから俺やってないんだよね」
「……倫太郎」
「なに?」
「包丁を置いて、わたしとかわって」
「えー」
「倫太郎が頑張ってくれたのはとっても嬉しいけど倫太郎の指無くなっちゃう方が耐えられない」
「大げさすぎない?」
「大げさになるくらい倫太郎の包丁が怖いんだよ」
「わかった」
「ありがとう倫太郎。倫太郎はソファに座って待ってて」





「倫太郎」
「なに?」
「炊飯器のお米もやってくれたの?」
「うん」
「ありがとう」
「……なまえ包丁早いね」
「そんなことないよ。倫太郎が慣れてないだけだよ」
「そうだね。俺もやったらそれくらいできるようになるかな」
「出来るようになるより先に指切りそうで怖いからやらなくていいよ」
「そう?」
「倫太郎はバレーやるから手を大事にしてもらわないと困る」
なまえが居ないとき俺どうしようかな」
「インスタント麺でも食べてて」
「俺そんなに信用ない?」
「ない。今までひとり暮らしの時どうやってご飯食べてたの?」
「最近は便利な物がたくさんあるからね、惣菜とか冷凍食品とか」
「なるほど」





「いただきます」
「いただきます」
「倫太郎にやってもらったお米と途中までやってもらったおかず」
「おかずはほとんどなまえがやったけどね」
「……」
「……」
「……」
「……なんか米硬くない?」
「うん、芯残ってるね」
「……」
「倫太郎これ、お米に水をちゃんと吸わせなかったでしょ」
「あっ」
「やっぱり」
「ごめん」
「お米炊く前に、お米を水につけてしばらく置いておくんだよ」
「知らなかった」
「家庭科の授業の知識がどこにもない」
「ははは」
「やっぱり倫太郎ひとりの時はインスタント麺食べてね」
「……何も言えねえ」
「冷凍食品をレンジでチンして食べるのでもいいよ」
「……俺も少しは何か出来るようになった方が良い気がしてきた」
「別にできなくてもいいよ、わたしがやるから」
「で、このお米ってどうするの?捨てる?」
「お湯入れて炊き直したら大丈夫だよ」
「なんとかなるの?」
「なんとかする」
「なんとかなるんだ……」
「どうにもならなかったら雑炊にして食べるから大丈夫」
「……捨てなくていいんだ」
「うん」
「俺だったらそのまま捨ててたかも」
「もったいないことをしないで」


:


「世の中には適材適所って言葉があるじゃん」
「うん」
「俺は片付け、なまえはご飯」
「そうだね」
「下手なことはやろうとしない方がいいなって思う」
「そうだね」
なまえもそう思う?」
「うん」
「ここは担当分けするのが一番よさそうだね」
「わたしが片付けしたら部屋が荒れるし倫太郎が料理をしたら指がなくなりそうで怖いから、得意な人が得意なことをやる方がいいね」
「俺の指は無くならないだろ」
「あの包丁の使い方だったら、いつか指なくなるよ」
「そう?」
「うん。晩御飯作ってて指無くなったからバレー引退しますって言ったらやだよ、わたし」
「そんなにひどい?」
「倫太郎が思う以上にひどいと思う。わたしの片付けと同じくらい」
「あー、それなら随分ひどいね」
「倫太郎のわたしの片付けに対する感想もひどい」
「嘘言ってないでしょ」
「もっと優しく言って」
「ごめん、でも俺嘘つけないから」
「……」
「ごめんってば」
「倫太郎はもう大人しく座ってご飯を食べてて」
「わかった」
「わたしのご飯をたくさん食べてくれたらいいから」
「うん。片付けは俺がやるからその時はなまえは大人しく座ってて」
「うん」
「よし、決まり」
「うん」

2020-11-23