小説

続・嫉妬の話

「倫太郎に彼女が出来たって言われたらさ、わたし多分許せなかったと思うんだよね」
「それ、どういう意味?」
「友達が取られちゃったって意味」
「いつものなまえの病気か」
「病気ではない」

 なまえは隣でスマートフォンの画面をつつきながら、己の言葉を否定した。友達取られたって友達の恋人に嫉妬して自暴自棄になるのはどう考えても病気でしょ、となまえに言ってみたけれど、なまえは納得してくれなかった。自分と仲良しの友達はわたしのものなのに、横から出てきた知らない奴にとられるのは嫌でしょ、倫太郎もそう思わない?となまえは己に向けて言うのであるが、己は別に仲がいい友達に彼女が出来たところで友達の彼女に対して友達をとった悪い女だと嫉妬したことが今まで一度もなかったので、なまえの感覚は未だよくわからずにいる。なまえが、なまえの友達の恋人に対して嫉妬に狂って自暴自棄になってしまっていたあの日、結局なまえとは色恋沙汰の空気の漂う”そういう流れ”になってしまった。付き合うとか付き合わないとか、恋愛における好きなのか友だちに対する好きなのかのような、駆け引きにもなっていない下心の漂う会話をした結果、なまえに対して告白まがいのことをすることとなってしまった。今まで相手に対して告白をした回数はそう多いワケではないけれども、なまえへの告白まがいの情けない自白のようなこと以上に不格好すぎる告白はたぶん、一度もやったことが無いと思う。結局、なまえが己の告白を受け入れたので、なまえとはそういう恋愛関係の伴う男女の仲にはなった。
 己の家になまえを呼んで、流行りのソーシャルゲームのマルチプレイで遊ぶ。己の家に初めてやってきたなまえは、渡した座布団の上に正座をして画面をつついていた。「楽にしていいのに」正座しているなまえに向けて言えば、なまえの口から「緊張してるの」という返事が返ってきた。「ふうん」画面の方を向いていて己の方を一切見ようとしないなまえの隣にくっつくように座ると、なまえの体がびくりと跳ねた。なまえが己の方を向いて、「倫太郎……」と名前を呼んで俯いてしまった。「何?」そうなまえに言えば、なまえは「……倫太郎なんか近くない?」と歯切れの悪い声でそう言うのである。「別に、いいでしょ」そうなまえに言えば、なまえは「悪くないけど緊張する、心臓にわるい……」と言って目を伏せてしまった。なまえの髪の毛の間から見えている耳が、心なしか赤くなっているように見える。なまえは案外初心なのかもしれないと思いながら、半分いじわるの気持ちもあって、もう一度なまえの隣にくっついてやった。「倫太郎」なまえが己を窘めるようにそう名前を呼んだけれど、己は別に悪いことをしているワケではないので「何?」となまえの方を向いて言った。なまえは画面から顔をあげて、己の顔を見た。なまえの紅潮した頬に、彼女の緊張を感じ取る。なまえは魚のように口をパクパクさせた後に、「……ち、近い」と尻すぼみになりながら言ったのちにまた、顔を伏せてしまった。
 ダンジョンの四階層目からひとりでクリアできなくなったから助けてというなまえからのSOSのメッセージを受け取った日に「会って遊ぼうよ」と誘った結果、既読の印が付いてから数時間経ったのちになまえから「一緒に遊びたい」という返事がきた。普段は即答で返事を返してくるのに、今回は妙に時間が掛かったので、なまえに「なんか遅くない?」と問えば、なまえから「彼氏になった倫太郎とどういう距離で接していいか分からなくて緊張する」と言われてしまった。全く意識されていなかった時に比べれば、意識されるだけまだマシなのだろうが、気のいい友だちで心地よい付き合いが出来ていたなまえと恋人の関係になった途端、突然ぎくしゃくしても困るなと思ったので、「いつも通りでいいじゃん」と返してしまった。なまえはいつも通りという言葉の意味をあまりよく分かっていなかったようだったけれど(既読が付いてから返信までの時間が、付き合う前よりも随分と長くかかるようになってしまっているので、なまえは返事を一生懸命考えているのだろうと思う)、なまえなまえなりに己との関わり方を考えようとしてくれているので、それはそれで良いことなのかもしれないと思うことにした。結局、なまえとは付き合う前も、付き合った後もやっていることはそう変わりなかった。ただ、一緒にゲームして遊ぶときに会っていた場所がカラオケやネットカフェのフリールームを借りて遊ぶということから、己の家で遊ぶことに変わったくらいである。

「だって倫太郎に彼女が出来たらさ」
「うん」
「わたし、倫太郎と遊べなくなっちゃうじゃん」

隣にわざとくっついて暫く、一緒にゲームをして遊んでいたときに、なまえが突然口を開いた。緊張が落ち着いたのか、声音は普段なまえと話すときのものとそう変りなかったし、いつの間にか正座していた足も崩して楽にしていた。倫太郎と一緒に遊べなくなったらゲームを誰と遊べばいいか分からないし、詰んだらもう終わりじゃん、となまえは言った。「俺はゲームするだけのためにいるのかよ」となまえに意地の悪いことを言ってみたけれど、なまえは「あと酒飲みに行きたいときに行けなくなっちゃう」とぼやいた。友達は知らない男に取られちゃったし、倫太郎まで取られたらどうしていいかもう分からないよね、となまえは言った。なまえが己に彼女が出来たら許せなかったかもしれない、と言うのを聞いて、己に対しても同じように嫉妬してくれたのかと思うと悪い気はしなかった。「俺の彼女はなまえだけどね」そうなまえに言うと、なまえは「それは分かるんだけどさ」と言って話を続けた。

「倫太郎にもし彼女が出来たら『誰だよその女』って言ってた自信がある」
「ウワ、言いそう」
「でも倫太郎にそれを言ったら気持ち悪がられそうだから倫太郎には言えなかったと思う」
なまえの友達の彼氏のやつにも結構引いてるからね、俺」
「うそ」

なまえは今更気づいたような顔をして己の顔を見ていた。そんなに引く?となまえが己に言うので、首肯した。友達の彼氏に対して猛烈に嫉妬する女は正直なところ重過ぎるし引く、となまえに言えば、なまえは「うそでしょ」とショックを受けたような顔をして己のことを見ていた。しかしながら、なまえのそういうところを面白いと思っていて嫌だとは思っていなかったので、「別に、そういうなまえも悪いとは思わないよ」となまえをフォローするようにそう言えば、なまえは「よかった」と安堵したような顔をしていた。一応、彼氏である己に引かれることが嫌だったのかと思うと悪くないような気がした(それでもなまえのそういうところに引いていたのは付き合う前からだったので、これもまた今更過ぎると思う)。

「もし俺に彼女が出来たとしてさ、そしたらその話を誰に言うつもりだったの」
「倫太郎のことを知ってて、尚且つわたしが友達に嫉妬することを話しても引かなさそうな人」
「いるかなそんな奴」
「……宮くらいしか思いつかない」
「絶対引くと思う」
「どっちも?」
「どっちも。侑は露骨に引くし治は言葉では言わないだろうけど露骨に顔に出てそう」
「なんか想像ついて嫌になった。やっぱり倫太郎は一生彼女出来ないでほしい」
「俺の彼女はお前だよ」
「そうだった」

なまえはそう、今更思い出したような口ぶりでそう言った。結局のところ、己はなまえと付き合っているので結果的になまえは己という友だちを知らない女にとられるという心配をする必要はなくなったし、顔の知らない出来るかも知れなかった彼女という、なまえの知らない女になまえが嫉妬することも無くなったのである。そうして、なまえは己の彼女(仮定の話である)の話の延長線上にあった友達の彼氏の話を思い出したようであった。「ねえ倫太郎聞いてよ!」話はなまえの友達の彼氏の話に移り変わった。「この間、あの男の話聞いたんだけどさ」なまえは相変わらず友達の彼氏には嫉妬しているようであった。「わたしと一緒にいるんだからあの男の話じゃない話もしてよって思うじゃん」なまえは相変わらずワガママだった。「でもその子が彼氏の話を楽しそうにするから、知らない男の話しないでとまでは言えなかったんだよね」なまえはそう言って、スマートフォンの画面から顔を上げて己の顔を見ていた。なまえの手から離れたスマートフォンと、己のスマートフォンの画面には、ステージクリアの文字が輝いている。

なまえって俺と一緒に居るのに彼氏である俺のことじゃなくて知らない他の男の話するの?」

そう茶化すように聞いてみたけれど、なまえは「倫太郎は倫太郎、あの男はあの男」とうちはうち、よそはよそと言うような口ぶりで言うので、やはりなまえに彼氏が出来たところで彼氏は彼氏、友達は友達、友達の彼氏は友達をなまえから奪った悪い男、というところに収まっているらしい。結局彼氏ができたところで、なまえはやはり、友達の彼氏に嫉妬するのは変わらないのである。


2020-09-27