小説

嫉妬の話

「さみしい」
「また友達に彼氏でもできたの?」

 なまえにそう問えば、なまえは不服そうな顔をして己のほうを見たのちに、首肯した。なまえと一緒に出かける機会はけっこう、頻繁にある。なまえはあまりお酒を飲もうとしないので、どちらかというとランチタイムに喫茶店に出かけたり、流行りのソーシャルゲームで一緒に遊ぶときになまえと会うことが多かった。そんななまえが、飲みに連れて行って欲しいと言い出すときはだいたい、なまえにとって不都合なことが起きた時で、なまえがどうしようもなく自暴自棄になっているときのことが殆どだった。なまえが自暴自棄になるときの理由の半分は仕事がうまくいかないということであったが、もう半分は、なまえが特別仲良くしているというなまえの友達に彼氏が出来たときである。今回は、なまえの友達に彼氏ができたという方を引いてしまったらしい。友達に彼氏が出来た時のなまえはいちばん面倒なのであるが、それにも最近は慣れてきたような気がする。扱い方さえ覚えてしまえば、多少の面倒臭さもちょっとかわいいように思えてくるのである。なまえなまえの友達のことが好きで、友達に彼氏が出来るたびに友達がどこぞの馬の骨ともわからない男に取られてしまったと相手の男に嫉妬をして、己に向けて愚痴を吐くのである。

「ナントカ君って紹介してくれたんだけどさ、誰だよその男って感じだった」

行き慣れたバーの、カウンター席の一番端にふたりで並んで座って、適当にお酒を注文したのちに、なまえは口を開いた。「そうなんだ」なまえの言葉に適当に相槌を打っていると、なまえは「倫太郎ちゃんと話を聞いてよ」と言った。

「友達ってどの子?」
「この間一緒にパフェ食べに行った時の写真見せたじゃん。あの子」
「ああ」

なまえが大学生の頃に出来た友達ね、と言えばなまえは首肯した。「この間友達に会ったんだけどね、紹介したい人がいるからって言われて」なまえはお通しのおつまみをつまみながら、口を開いた。友達に呼ばれて待ち合わせ場所に出かけたら、友達と、友達の隣に知らない男が立っていたのだという。その瞬間なまえはすべてを察してしまったのだと言った。なまえと彼氏を引き合わせたなまえの友人は、「なまえが大学の一番の友達って話したら、彼、会ってみたいって言うから」となまえに向けて言ったのだという。だから、その男のことを邪険にすることも出来ずに良い顔をしてしまったのだとなまえは言った。

「その男がさ、『いつも彼女が世話になってるみたいで』とか言うんだけど、なんでお前にそれを言われなきゃいけないんだよって感じだったし、お前は本当になんなんだよって思ったんだけどそれも言えなくて我慢してた」

そう吐き捨てるように言うので引き笑いをしてしまった。「強烈」そう言えば、なまえはむすっとした顔をして、「わたしまだ面白いこと言ってないじゃん」笑う己に向けて言うのであった。「いいや、面白いよ」なまえにそう言えば、なまえは不服そうな顔をしていた。なまえが友達の彼氏に嫉妬していると言うこと自体が既に面白いのだと言えば、なまえは余り納得していないような顔をしていた。

「それ、知ってる男だったら良いの?」
「友達の彼氏が?」
「そう」
「わたしの友達が取られてる時点で嫌」

結局のところ、知り合いの男だろうが知らない男だろうが、なまえの友達が取られてしまっていることが嫌なのだから、友達の彼氏になる男で、なまえのお眼鏡に叶う男などこの世にはきっと存在しないのかもしれない。なまえの友達は、なまえのそういう変な寂しがり方をしていることを知っているのかは分からないが、己がなまえの友達だったらなまえに若干引くだろうなと毎度思ってしまう(だから、なまえの友達本人にも言えずに己に向けて言うのだろうが)。注文した酒がカウンターに運ばれてきたのでふたりで静かに乾杯をした。「友達取られたなまえに乾杯」「うるさい」なまえはそう軽口をたたいてグラスに口をつけて、一気に酒を煽った。前に飲みに行ったときに比べて飲むペースが速いなと思ってなまえを見ていると、なまえは「もう飲まないとやってらんない……」とぼやいた。なまえに彼氏でもできればこのなまえの、友達の彼氏への嫉妬は無くなるのかも知れないと思ったが、なまえのことだから仮になまえに彼氏が出来たとしても彼氏は彼氏、友達は友達という考え方をするはずなので、変わらず友達の彼氏に嫉妬するのだろうなとも思った。「なんでそこまで友達に彼氏が出来ることを嫌がるの?」となまえに問えば、なまえは「だって、わたしの友達なのにいきなりパッと出てきた男に取られちゃうんだよ」とぼやいた。なまえは日頃から友達とすごくべったりしている人ではなかったように思っていたので、なまえに「なまえは友達のこと、恋愛の意味で好きなの?」と思わず問うてしまった。「わたしは友達が好きだけど、恋愛感情の好きとは違うと思う」なまえはその質問に対して首を横に振った。

「わたしとたまにしか遊べない友達が、知らない男とのデートの予定を入れることで余計にわたしと遊べなくなるのが嫌」
「何時ものなまえのワガママか」
「ナントカ君って紹介されたけどさ、もうわたしから友達をとる敵だとしか思えなかった」

なまえはそう言ってグラスに残った酒を全部飲み干して、次のお酒を注文していた。「ペース早いね」そうなまえに言えば、なまえは「もう自棄」と答えた。

なまえは浮いた話ないの?」

そうなまえに問えば、なまえは己の顔をジトリとした目で見たのちに、「……彼氏ってどうやって作るの」と逆に問い返してきた。「どうって言われると困るんだけど」そう、答えに言い淀んでいると、なまえは「彼氏の作り方なんか知らないもん」と吐き捨てるように言って、なまえは酒のつまみをつついて「さびしい」と漏らすのであった。「カワイソ」目に見えて凹んでいるなまえにそう言えば、なまえは己の顔を見て「そう思ってないでしょ」と言った。その通りだったので、否定せずにいたらなまえは「倫太郎にも彼女が出来たりするのかな、やだなあ」と言い出した。今度は俺かよ、と思ってしまった。己に彼女でも出来てしまえば、こうしてなまえとサシ呑みなんか出来なくなるだろうし、なまえにとってはそういう方面での不都合の方が大きいのだろうと思うけれど、己は彼女が欲しいと思っている。面倒くさいのは苦手だけど、恋人にする相手であれば多少面倒臭い方がかわいくて好きだと思うので、もし彼女にするのであればそういう子が良い。たとえば、ちょうど今目の前の子とか。面倒臭いところはあるけれど、一緒にいて楽しいところも良いと思っている。しかしながら、なまえと何度も二人で出かけてみたところでなまえの己に対する態度は友達に対するそれとそう変りないので、びっくりするほど脈が無かった。今はこうしてなまえに付き合っているし恋愛のような話だってしているのにも関わらず、自分たちの恋愛の話には全くと言っていいほど発展しない。もし己がなまえ以外の人と恋人の関係になったとして、なまえは己の彼女に友達が取られたと言って嫉妬してくれるのだろうか。今目の前で友達の彼氏に対して嫉妬心をむき出しにして自暴自棄になっているのを、己にも同じようにやってくれるのだろうかと考えて、何故そんなことを考えているんだと思って我に返ってしまった。

「今はいないよ」
「”今は”って言った」
「うん」
「彼女欲しいんだ」
「まあね」
「……」

なまえは己の顔を見て「倫太郎に彼女出来たらわたしはどうやって彼氏を作ればいいの?」と言ってきた。知らねえよ。なまえの支離滅裂な言動に、カウンターの向こう側に立っているマスターが苦笑していた。「倫太郎」なまえは、そう己の名前を呼んだ。「なにさ」そう、なまえに投げやりな返事をすると、なまえは「彼氏ってどうやって作るの」と問うた。さっきからそればっかりだな。

「どうって、アバウトすぎるんだけど」
「だってわたし分からないもん」
なまえ彼氏いたこと無いんだっけ」
「あるよ」

あるけど、全部向こうからだからわたしは自分から何もしてないの、と言った。ナルホド、と答えるとなまえは「倫太郎は女の子に告白させてそう、案外モテそうだし」といけしゃあしゃあと言ってのけた。「俺からの時もあるよ」数が多いわけではないけれど、ということは言わなかった。なまえは「ふうん」と何らかの意味合いを含んだような表情を己に向けてきた。その顔なんかむかつくな。なまえは「どうやって彼女つくったの」そう、なまえは追い打ちをかけるように問うてきた。

「どうって、流れってあるじゃん」

デートの約束してさ、何回か二人で出かけてみていい感じだったらそれとなく距離が近くなっていって流れで付き合う感じになるし、ちょっと違うなと思ったら距離が自然と離れていってフェードアウトするって感じかな、いい年の男女の人間関係なんてそんなもんじゃない、と言えばなまえはショックを受けたような顔をしていた。

「何その顔」
「……一緒に出掛けた時に楽しかったら、また一緒に遊びに行きたいなって思ってた」
「どういう意味?」
「そういう彼氏とかそういうのじゃなくて、明日も一緒にゲームして遊ぼうみたいな感じの感覚」
「小学生じゃん」
「倫太郎からそう言われてわたしの心の中の小学生が今死んだ」

そういう色恋が含まれるものだと考えたことがなくて純粋に楽しいと思ってたんだよ、となまえは言った。「だってさあ、例えばわたしと倫太郎だって何度も二人で出かけてるじゃん」と口を開いた。脈ナシだと思っていたけれども案外行けるかもしれない、となまえの様子を見てそう思う。なまえは「だって、倫太郎と遊びに行って、良かったなって思って倫太郎にまた付き合ってもらおうって思ったりはしてたけど」でも、その先のことみたいなのって考えたことが本当になかったんだよ、となまえは言った。なまえに対して告白したみたいになってしまったなと思いながら、混乱するなまえの顔を見る。なまえは「……倫太郎」己から目をそらしながら、酒ですっかり真っ赤になってしまった顔をこちらに向けて口を開いた。「倫太郎はわたしとそういうことって、考えたことあったの」そう、なまえは己に向けて問うた。つまり、己にとってなまえが恋人としてどうなのかを、この目の前の女は知ってか知らずか直球で問うているのであるが、なまえがそのことに気づいていなさそうなところがむかつくなと思った。「……それ、答えないとダメ?」そう、なまえに返せば、なまえは首肯した。「答えたくないんだけど」だって言ったら告白したみたいになるじゃん、と言えば、なまえは「こ、告白……」と言って赤くなった顔を伏せてすっかり黙り込んでしまった。
2020-09-22