小説

青春

#リクエスト:指定の曲を聞いてそこからイメージして何かを書く
#三年生の夏頃の話

「宮ァ、青春てなんやろなあ」
「俺に聞くなや」
「知らんのかい」

宮なら知っとると思ったんやけどな、となまえはつまらなさそうなものを見る目で、俺の顔を見ていた。そんな期待外れのような顔で俺の方を見られても困る。失礼な奴やな、と言ったところでなまえはどこ吹く風といった顔をしていた。三年次だけに設けられた受験対策という名目の夏期講習期間、夏休みの最中であるというのに学校に行き、眠気に耐えながら午前の授業を終えた後、なまえは弁当箱と飲み物をもって俺の席にやってきて、俺の机の上になまえは弁当箱を広げた後で「宮ァ、ご飯食べよ」と言い出した。俺が返事をする間もなく、なまえはごはんを食べ始めてしまったので「お、おう……」としか返せなかった。クラスメイトたちは皆帰宅の準備を始めていて、この教室で弁当を食べようとしているのは、俺となまえだけだった。なまえの誘いを断る間なぞ用意されていなかったし、断っても一緒にメシを食う人がいなかったのでこの際なまえでもええか、と思った。なまえのせいで残り面積が半分しか無い机の上に自分の弁当を広げて食べはじめたころに、なまえが「なあ宮ァ」と間延びした声で話かけてきた。

「青春てなんやろなあ」

なまえはそう言って俺の顔を見ていた。「なんやねん急に」そうなまえに言えば、なまえは「青春てなんやろなあって思ってん」そう続けて言った。なまえが俺の机の上に置いたペットボトルのパッケージには、自分らと同じくらいの年頃の女の子が部活に打ち込んでいる絵柄が印刷されている。青春のイメージは、それでええんちゃうと思いながら、青春というものに思いを馳せているなまえの顔を見た。なまえの視線は、俺の顔から、教室の窓の外の方へと向けられた。教室の窓から見える空は、青い。空には白い入道雲がぽっかりと浮いていて、エアコンを入れるために締め切られた窓の外からはセミの鳴き声が聞こえている。それでも、真夏の日よりは随分と小さくなったように思う。「わたし、高校生やんか」なまえがそう、口を開いた。

「最後の一年な」
「そう。もう三年にもなったのに青春してへんなあて」
「俺はしとるわ」
「部活しかしてへんやんか」
「恋愛もしたわ」
「嘘つけ。宮がデートしてるとこ見たこと無いわ」
「何でお前にデートしてるとこ見せなあかんねん」
「今度デートするとき呼んでえな」
「絶対呼ばんし別れたからデートもせんわ」
「かわいそうに」

なまえがケラケラと笑っていたのに腹が立ったので小突いてやった。「痛ッ」なまえがそう言って俺の方を睨んできたが少しも怖くなかった。「宮せんせェ」なまえが茶化すように俺の名前を呼んだ。「青春て何か教えてください」人を小馬鹿にするような顔をして言うなまえをもう一度小突いてやれば「暴力はいけないと思います」と文句を言ってきたのが喧しかった。しかしながらなまえは青春というものを諦めていないのか「宮ァ、そんなことより青春や」と食い気味に言った。

「なんやねん」
「青春したいねん」
「やったらええやん」
「ひとりで出来んから言うてんねん、付き合うてえな」
「なんで俺が付き合わなあかんねん」
「宮せんせェは青春が何か知っとるんやろ、ちょっとくらい付き合うてくれてもええやんか」
「お前に付き合う義理ないわ」
「カワイイ友達の頼みやん」
「自分でカワイイ言うんやめろ」

なまえはペットボトルに口をつけた後に、「青春てこういうことちゃうやんか」と言った。それは夏休みの朝から学校に出てきて夏期講習をうけた後に、期末試験の成績が悪すぎたせいで午後の授業までうけなければならなくなってしまったなまえや俺のことを言っているのだろうということは分かる。

「なあ、分かるか宮。わたしの青春がこの夏期講習と補講で消えていくんや。こんな悲しいことはないわ」
「かわいそうやな」
「ひと夏の思い出作りたい」
「作ればええやん」
「ありがとう宮、持つべきものはクラスメイトの宮やな」
「なんで俺なん」
「今日補講受ける知ってる奴が宮しかおらんからや」

青春なんて何もわからんけどな、となまえは言った。

「今日の放課後どうせ暇やろ」
「忙しいわ」
「嘘つけ。今日のお前の荷物小さいから部活ないやろ」
「面倒臭」

今日の補講終わったら青春するからな、となまえは人の話を一切聞かずに押し切るように勝手に決めてしまった。

なまえの青春てなんやねん」
「アイス買って一緒に食べるとかくらいしか思いつかん」
「小学生の夏休みか」

虫採りセットがあればもう完全に小学生の夏休みやんか、と言えばなまえは虫は採らんから小学生にはならんやろと大真面目な顔をして言うので面倒臭くなってしまった。「楽しみやな、青春すんの」なまえは、なまえの知らない青春に対して思いを馳せているのか、楽しそうな顔をしてそう言った。昼休みが終わる前の予鈴が鳴って、夏期講習が午前で終わる人たちは教室からひとり、またひとりと姿を消してしまい、この教室に残ったのは、なまえと俺の二人だけになってしまった。結局、なまえの青春とやらに付き合わされることを断り切れへんかった俺もアホなんやろな、と思いながら自席に戻っていくなまえの後ろ姿を見ていた。


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「青春てこんなもんか」
「なんや、俺が付き合うてやってんのにがっかりしよって」
「こんなもんかと思ったらさみしなったわ、相手が宮やからアカンかったんかな?」
「えらい失礼な奴やなお前」
「宮ならいける思ったんやけどな」
「根拠もなしに」
「根拠って難しい言葉よう知っとったなあ」
「ほんまに失礼すぎるやろお前」

夕暮れの公園は、だんだんと静かになってゆく。公園で遊んでいる子どもたちがひとり、またひとりと親に手を引かれて帰ってゆくたびに、賑やかさを失ってゆくのである。なまえは子どものすがたが随分と減ってしまった公園のベンチに座って、すぐ近くのコンビニで買ったばかりのアイスキャンディのパッケージを豪快に開けた。「あっつい」アイスキャンディを口に入れたなまえのシャツは、普段第一ボタンまでしっかりと締められているのに、今は二つ目のボタンまで外れているし、きっちり締められているはずのタイは、首元で緩められてぶら下がっているだけになっている。それは、この暑い中でも出来る限りの涼を取り入れようとしているようにも見えた。夕方の虫の鳴き声が、セミの喧しい声から鈴虫の涼しげな鳴き声に変わりつつあるが、きびしい暑さはいまだ残っている。悪態をつくなまえの隣に座って、なまえと同じように買ったばかりのアイスのパッケージを開けた。一つのパッケージの中に、二つのチューブタイプのアイスが入っている。そのうちの一つの封を開けて口に入れた。この暑さでは、冷たい氷の粒が喉を通って、胃の中に落ちてゆくまでの道のりがうすらと分かってしまう。チューブに入ったアイスを吸うように食べながら、なまえの横顔を盗み見た。じんわりとした暑さの残る橙色の西日が暑さに参っているなまえの横顔を照らしていた。なまえの顔を見ていると、なまえが俺の方に視線だけを寄越したときに、なまえと目があった。暫く、黙って見つめ合っているとなまえの方が先に口を開いた。

「宮、えらい涼しそうな顔しとるけど暑くないん?」
「暑いに決まってるやろ」
「ほーん」

暑さに顔をしかめていたなまえは、さして興味がなさそうにして相槌を打った。「涼しそうな顔しとるし暑くない思うたわ」そうなまえは言うが、制服のワイシャツの下に着ているTシャツは汗を吸ってべったりと張り付いていて気持ち悪い。出来れば今すぐにでもかえって風呂に入ってしまいたいと思っているが、目の前でアイスを食っているワガママ女に振り回されているうちはそれもきっと、叶わない。なまえの小さな口が、黄色のアイスキャンディを齧った。なまえが先ほどコンビニで買っていたのは、ポップに新発売と書かれていたレモン味のアイスキャンディだった。なまえが食べるのが遅いのか、それとも気温が高いせいか、なまえの食べているアイスキャンディの上を、とけた雫がたらりと伝っていた。

「……垂れとる」
「うわっ」

俺に指摘されたなまえは、溶けたアイスの背を舐めたあとに、早足で口の中にアイスを放り込んで食べきった。急いで口の中に入れたせいか、なまえは渋い顔をして一生懸命アイスを飲み込んでいた。飲み込み切った後に、なまえは頭を押さえて唸った。

「……頭痛い」
「急いで食うからや」
「とけそうやってんもん」
「しゃあないな」
「しかもハズレかい」

なまえは、アイスキャンディの残った棒の表と裏を眺めて、ガッカリしたような顔をしていた。「見て」そうして、俺のほうに棒の表と裏を見せた。なまえの持っていたアイスキャンディの棒は、表にも裏にも何も書かれていない。まっしろな棒がそこにあるだけだった。

「青春やったらこういうタイミングで当たるもんやろ」
「お前青春に求めすぎや」

そもそもそのアイスあたり付きちゃうやろ、当たるわけあるか、と言えばなまえは「せやなあ。あたり付き買えば良かったわ、当たったらなんか青春て感じするやんか」と言った。「あたり引く前提かい」そう返せば、なまえは「わたしは青春がしたいからな」と言った。それは、今日一日だけで、両手の指の数で数えきれないほどなまえの口から出ているのを聞いた。ばかの一つ覚えのように青春というなまえの言う青春というものが何かを、俺は知らない。「わからんわ」そう返すと、なまえは「何が」と問うた。

「俺はお前の言う青春がわからん」
「宮クンはわたしより青春してるハズやし、分からんわけないやろ」

なまえは大真面目な顔をして言った。アイス買って一緒に食べるのが青春とか言う女の満足する青春らしいものが何なのか、俺には全く分からない。恋愛してみたり部活に熱中したりするのが青春でええんちゃうかとも思うし、今日で言えば夏期講習のあとに補講を受けるのも、俺らからしてみれば良いことではないけれども、大人から見れば青春に見えるのかもしれんとも思う。

「ボケのつもりか、おもろないで」
「真面目や」

パッケージの中に残っていたもう一本のアイスの封を切って思い切り吸うように、アイスを食べた。なまえは、俺がアイスを吸い込む様をジッと見ていた。「やらんぞ」そう言えば、なまえは「そういうん半分にするんが青春言うんちゃうか」と思い出したようにそう言った。「残念やったな、俺の青春はそういうんちゃうねん」なまえの喧しい視線を無視して、残りのアイスを全部食べ切ると、なまえは「引くわ」と言って俺の顔を見ていた。半分こしたいんやったらお前が買うて俺に半分よこせばええやろ、となまえに言ったところで、なまえは納得しないだろうとも思った。なまえのことだから男の方から出してくるのがええんやろ、くらい言いそうだと思っていると「そういうん、男の子の方からくれるんがええんやろ」と思った通りのことを言った。

「やっぱ宮と青春は無理やったんや」
「なんやねんお前」
「でも宮となら青春できると思ってん、わたしは」
「ほーん、出来んで悲しいな?」
「宮の青春に対するやる気が足りへんのちゃうか」
「青春のやる気てなんやねん」

なまえは不満そうな顔をして、俺の顔を見ていた。

「でも、こういうんも悪くないと思う。暑いのは嫌やけど、もうちょっと居たいと思うやんか」
「いいや、俺は早よ帰りたい」
「最後の最後までほんまにムードのない奴やな」


2020-09-01