小説

かたち

 ひとを好きになるって難しいと思わない?となまえは言った。彼女の言う、ひとを好きになるということが、友達としての好きなのか、はたまた恋愛関係における好きなのかが分からなかったので、なまえに「なまえの言ってることがよくわからないんだけど」と返したのであるが、なまえは「そっかあ」と間延びした返事をするだけで詳しいことをなにひとつ教えてくれなかった。彼女に聞きたかったのは、彼女がよく己に向けて言う”好き”というものが恋愛関係における好きであるのか、それとも友達としての好きなのかという、彼女の言う”好き”という言葉がどういうかたちをしているのかという話なのであるが、なまえはあまりそう言うところにこだわりがないのか、それともそこまで考えていないのか、己に向かって抽象的な話を振る割には、自分から具体的なことをなまえの口から言われることは無かった。

なまえはひとを好きになるってどういうことだと思うの?」

なまえにそう問えば、なまえは「……わたしが角名くんに対して想っていることとか」そういうことだと思ってる、となまえは相変わらずぼんやりとした回答をしていた。そのなまえの言う”好き”の意味が分からないと言っているのに、なまえはそういう肝心なところを言わないので結局、分からず仕舞いである。

「じゃあさ、なまえの言う俺に向けての好きって何?」

そう問えば、なまえは大真面目に考え込むようなそぶりをした後に「わからない」と答えた。「だから、難しいんだよ」そう、なまえは言った。角名くんのことが好きなのに、その好きを説明するのが難しいんだよ、となまえは言葉尻を濁していた。

なまえが俺のことを好きなのはわかるよ」

もう何回も聞いたし、と返せば、なまえは「うん」と言って俯いてしまった。それが、なまえが照れ隠しをするときによく見せる表情であるということをよく知っていた。「何で照れてるの」そう、なまえに言うと、なまえは「だって、恥ずかしくなっちゃった」と紅潮した頬を隠すように、両の手で頬を押さえながらそう答えた。日ごろから己に向けて好きだと言うときは少しも照れるそぶりを見せずに言っているくせに、こういう時に照れて小さくなってしまっているなまえは少し、変だと思う。なまえの言う好きは、良くわからない。なまえは己のことが好きだとはいうけれど、なまえの言う好きというものは、もしかしたら恋愛感情の上にある好きなのではないのかもしれない。好きであるならば、好きな相手とキスがしたいとか、もう少しくっつきたいとか、そういうことをしたいという欲があるものだろうと思うのであるが(あくまでこれは自分の中における感覚であるが)、なまえはそういうことを思わないのか、なまえは相変わらず己に「好き」とは言うけれども、それ以上を望むことをしなかった。やさしい言葉をかけてくれと言うこともなければ、そういうふるまいをしてほしいとも言わなかった。一度、前に己に好きだと言うなまえに「付き合う?」と聞いたことがある。そのときに、なまえは首を横に振って「角名くんとは付き合わない」とハッキリと言い切ってしまった。告白してきたのはなまえであるのに、何故か自分がフラれてしまったようになってしまったことが思ったよりもショックだったので、その時のことは今もはっきりとよく覚えている。

「じゃあ、俺に彼女が出来たとして」
「ない」

たとえ話で、となまえに向けてそう言えば、なまえは大真面目な顔をしてきっぱりそう言い切った。「例えばの話だよ」そう、言ったところで、なまえは「いいや、ないね」と鼻を鳴らして言い切ってしまうので話が先に進まなくなってしまった。「ヒド。なんでそこハッキリ言うの」そう、彼女に問えば、なまえは「だって角名くんに彼女が出来るのはありえないもん」と言い切った。己に彼女が出来るわけがないと思っているのか、なまえはそれを撤回しなかった。「失礼」そう、なまえに言ったけれど、なまえは「だって本当のことだもん」と言ったのちに、なまえはむっとして己の顔を見ているのであった。「何その顔」そうなまえに言えば、なまえは「角名くんにカノジョが出来るのは絶対ない」ともう一度言った。

「そんなに俺彼女出来そうにない?」
「角名くんが他の人と仲良くしてるところを見るのは嫌だなって思うから」
「俺に彼女が出来ないのはなまえのワガママかよ」
「うん」

なまえは自分のわがままであることを認めて首肯した。「でも俺と付き合うのはナシなんでしょ」そう、なまえに言えば、なまえは「うん」と言った。「それなら俺、彼女つくれないじゃん」そうなまえに言えば、なまえに「角名くんは彼女が欲しいの?」と逆に聞かれてしまった。訝しげな顔をして己の顔を見ているなまえに「まあ、人並みには」と答えれば、なまえは「ふうん」と思い切り顔をしかめてそう言った。

「……わがままだと思う?」

なまえが、己の顔を見ながらそう問うた。なまえの言葉に「俺のこと好きって言うくせに付き合いたくないって言うし、それなのに彼女作るなって言うんだから超ワガママでしょ」と答えれば、なまえはムッとした顔をして「ふうん」と答えて目を逸らしてしまった。

「俺のことが好きなのに付き合いたくないの、なんで?」

そう、なまえに問うた。なまえは暫く考え込むようなそぶりを見せた。「……それ、答えないとダメ?」暫く黙り込んだなまえが、口を開いた。「うん」なまえにそう答えれば、なまえは渋々といった様子で口を開いた。

「……だって、もし付き合って別れたら、もう角名くんのこと好きでいられなくなっちゃうもん」
「俺のことが嫌いになるってこと?」
「……別れた後でも好きでいたら気持ち悪いって思わない?」

なまえがそう、おそるおそる口にだした。なまえのふたつの目が、己の顔をじっと見つめていた。「なんで別れる前提なの?」となまえに問えば、なまえは「はじまりがあったら終わりがあるじゃん……」と言葉を濁していた。へえ、と返すと、なまえは「だって、わたし角名くんのこと多分、ずっと好きだから好きでいられなくなるのいやだもん」と言った。

「うん、知ってる」
「本当に好きなんだよ」
なまえが俺のことを好きなのはよく知ってるからもう言わなくてもいいよ」

そうなまえに言えば、なまえは「でも、わたしは角名くんのことが好きだから好きって言いたいんだよ」ともう一度言った。なまえが甘えるようにそう言うのが可笑しくてつい笑ってしまった。「知ってる知ってる」そう、なまえに返せばなまえは「本当かなあ……」と訝し気な顔をして己の顔を見ていた。結局、なまえにそう言われてしまった後で、彼女を作るのはしばらく無理だろうな、と思っている自分が、確かにそこにはいた。なまえのこういう、すこし面倒くさかったり、強烈なわがままを言うところをカワイイと思ってしまうだけでなく、彼女を作ることを諦めてしまおうと考えてしまうあたり、なまえのことが好きなんだろうと思う。なまえが良いと言うのであれば、彼女にもっと近づいてみたいと思う。触れることが許されるのであれば、触れたいと思う。これは多分、なまえに対して抱く恋愛感情の上にある好きであるに違いないのであるが、なまえの好きが自分の思う好きと違うのであればこの好きは、なまえの見えないところに隠しておかなければならないのだろうと思う。すっかり黙り込んでしまったなまえに、「……”好き”って難しいね」と言った。なまえは己の顔をじっと見て、「……うん、難しいよ、とっても」と答えた。
2020-08-22