小説

初恋の話

 こんばんは、こんな遅い時間にすいません。まだやってはります?……そっか。ありがとうございます。そうですねぇ、今日は俺ひとりです。いっつも騒がしぃしてすいません。急に飲みたい気分なったんでひとりで来たんですよ。注文は……”今日のおすすめ”にします。さっき幼馴染から連絡もろたんですけどね。なまえって言うんですけど、なまえは小さい頃から俺んちの近所に住んどった同い年の女の子なんです。二年か三年くらい前に就職で兵庫出て、今は関東らへんでひとり暮らししてるんですよ。そのなまえから急に電話が掛かってくるもんやから、びっくりしたんですよ。なまえはあんま電話得意やないんで、メッセージ送りあって終わることのが多いんですけど。……ええ、そうです。普段電話せんヤツから電話来たら何かあったんちゃうかて心配なるやないですか。俺が電話とったら、なまえが『信ちゃん元気~?』ていつもと変わらん感じで言うもんやから、気ィ抜けたんですよ。俺の心配とかアイツほんまわからんねやろなって。……ああ、”信ちゃん”て、俺の下の名前が”信介”いうんですけど、なまえ、小っちゃいころから俺のこと”信ちゃん”と呼んでて、今もう二十もとうにすぎてええ年なったし”信ちゃん”はもうやめえや、て言うてるんですけど、なまえは気にせんと俺のこと”信ちゃん”て呼ぶんですわ。そのなまえが『暇やから電話しよ思て、信ちゃんひとりで寂しがっとったら嫌やし』とか調子のええこと言うんですけど、余計なお世話やって話なんですよね。『暇やなくて、お前の方が寂しかったんちゃうんか』言うたら、『うん、ちょっと寂しい』とか言うて黙ってもて、俺何も言えんくて。なまえは小っちゃいころから口下手な子で、やってほしいこととかあってもハキハキ言えん子なんですよ。いっつも俺の後ろ隠れて『信ちゃん』て俺に目で言うて。はじめは俺もなまえ今こう言いたいんやろなーって事を大人に伝えとったんですけど、なまえがひとりでなんも出来ん子なったらあかんし、なまえが目で助けて欲しそうにするたんびに『言いたいことあるんやったらハキハキ言いや』って言うようにしとったんですよ。でもそれ言うたんびになまえが申し訳なさそうな顔して俺の顔見て目ぇ伏せてまうから、それ見るたんびに泣くんちゃうかって思って困ってもて。結局なまえはあんま自分のこと言うん得意やないまま大きなってしもたんですけど、そのなまえが俺に寂しいて自分から言うとか思わんやないですか。やから、『なんや、なんかあったんか』て訊いたんですけど、なまえは『信ちゃんと喋りたなったから、電話しただけ』言うて、結局なまえに何があったんか分からず仕舞いやったんですよ。これが電話とかやなくて、なまえの顔見て話してたんやったら、なまえがなんか言わんでもなまえの言いたいことがなんとなく分かる自信はあるんですけど、俺は兵庫やし、なまえは関東らへんやし、今俺なまえの顔見て喋られへんし、余計になまえの言いたいことが分からんかったんです。なまえに『なんかあったんか、言いや』て言うたんですけど、なまえは『なんもない』とか気取ったこと言うだけ言うて電話勝手に切ってしもたんです。俺が『なんもないわけないやろ』って言おうとした時には電話のプー、プーいう音しか聞こえませんでした。なまえにメッセージ送ってもなまえは俺のメッセージ無視してんのか黙り込んでまうし。やっぱちっちゃい頃からもっとなまえが自分で喋れるようにもっと言うべきやったかもしれんって今更反省してます。もうちょい背中押せてたらなまえはもうちょい自分のこと自分で喋れるようになってたんちゃうかて思うんですけど、なまえにあれ以上強く言うことも出来んかったんです。俺はなまえがこのままやとなまえひとりやとなんも言えん子になってまう、て分かってたはずやのに、それよりも俺が叱った時になまえが辛そうな顔してまうんがもっと嫌やったんです。やから『ちゃんと言いや』って口で言うても結局なまえの言いたいんやろなーってこと察して、なまえを甘やかしてしもたんですよ。おかげさまでなんかあったらなまえは『信ちゃん』て俺のこと頼ってくれるようなったんは悪ないと思ってたんですけど、それがこういう時に悪いように出てまうなんて思ってへんくて。……これ美味しいですね。すいません、もう一杯お願いします。カクテル飲むん珍しいですか?たしかに俺あんまカクテル飲みませんねぇ……これはさっぱりしてて好きです。なまえの話の続きですか?もう、愚痴みたいになってしもてすいません。俺は向こう行ってまう前のなまえのことはよう知ってたんですけど、今のなまえはもうわからんのですよ。今のなまえがどんな化粧をしてんのかも、どんな髪型をしてんのかも知りません。……なまえが写真とか送ってくれたら別や思うんですけど、なまえは写真もあんま好きちゃうから、自分から写真送ってくることないんです。やから、今なまえがどうなってんのかも俺は分からないんですよ。なんで、今日きた電話でなまえがそない変わってへんってわかって安心してんのもあるんです。俺がどうしようもない男ってのは俺自身よう知ってるんですけど、なまえが上手にモノ喋られへんことをたしかに残念に思ってるとこもあります。でも、なまえが昔と変わらんと口下手なまんまでおんのを喜んでしもたんですよ。なまえがたまに俺のこと『信ちゃん、やっぱ信ちゃんやなあ』て言うて笑うことあるんですけど、なまえの言うてる意味がやっと分かりました。俺が、なまえが俺の知ってるなまえのままでおることに安心してんのとおんなじで、関東らへんに行ったなまえが相変わらず俺が変わってへんのを知って安心しとったんやな、て思うんです。自分の生活も、いろんなことが変わったり新しいことばっかりになっても変わらんもんが一つでもあったらちょっと安心するやないですか。なまえにとって全然変わらんものが俺やったんやろなて思うんです。……俺がなまえをですか?そう言われると困りますね、恥ずかしいやないですか。まあ、この際言うてまいますけど、俺はなまえのこと好きなんやと思います。小さいころからずっと一緒におるから放っとかれへんだけなんやろなあ、て思ってたんですけど多分それだけやないと思うんです。そない好きや無かったらなまえのことこんな考えへんやろうし、なまえに電話ガチャ切りされて自棄酒飲みにきて、しまいには遅くにここ来て愚痴言うとかみっともないことしてるわけないやないですか。……すいません、もう一杯ください。飲みすぎですかね?たしかに、今日の俺はよう喋ってる思います。……そう言われたら俺はなんも言えんのですけど、なまえのこと放っとかれへんから心配してるだけやと思ってた時期もあるんです。でも多分それだけや無いんやろうなと思います。なまえが俺をですか?さあ……どうでしょうね、俺はなまえのこと好きやけど、なまえが俺のこと好きかどうかまではわかりませんよ。ははは、さすがにそれはなまえの顔見ても分からんと思います。なまえの好きな男の話なんか聞いたことありませんし、もしかしたら、これから聞くこともあるかもしれへんけど、それが知らん男やったらちょっとしんどいやないですか。好きな女の好きな男の話ほどしんどいもんないやろて思います。……なまえが俺を頼ってくれてることは分かりますけど、それが好きやからとかで頼ってるわけやないと思うんですよ、なまえが俺を頼るのはもうなまえの癖みたいなもんなんやと思います。なまえの中で、何かあったら俺にどうにかしてもらおうとか思ってるんかもしれません。でも、そういうなまえになってもうたんは俺のせいでもあると思うんですよ。やから、俺はなまえに仮に俺以外の好きな男が出来たとして、『信ちゃんどないしよ』言われてもなまえを突き放すとかはできへんのやと思います。『好きな男に何とかしてもらいぃや』て言うたらええんかもしれへんけど、そういうなまえにしてもうたんは俺のせいもあるし、俺はなまえの面倒を最後まで見なあかんのですよ。……俺が真面目ですか?そうですかね、俺はただ自分の尻ぬぐいを自分でせなあかんと思ってるだけなんですよ。そうですね、今日はもうやめときます。いろいろ話聞いてくれてありがとうございました、お会計お願いします。
2020-06-14